大湊小学校界隈の掩体壕群〔882〕2005/09/14
2005年9月14日(水)晴れ時々曇り
最近、ちくと掩体壕(えんたいごう)にハマっちょります。先日8月24日のにっこりでもご紹介した、南国市前之浜の大湊(おおみなと)小学校界隈にあるやつですね。大湊というのは、この前の浜辺にあった港で、紀貫之が土佐から京の都へ帰任する際に寄港、宿泊した場所。正確な場所は判っちゃあせんそうですが、この辺りであることは間違いないそうです。そういった由緒ある場所が大湊。その北側、高知空港との間に広がる田園地帯に7基の掩体壕が不思議な雰囲気を醸し出すオブジェとして点在しちょります。点在と申しましても、ぐるりと見回せば殆どを一度に見れるくらいの範囲に在りますね。紀貫之さんの歴史とは対照的な、悲惨な戦争の歴史を伝える構築物です。
太平洋戦争の記憶が風化していく中で、この、あたかも古墳群のような掩体壕群は、貴重な遺産と言えるでしょう。ご覧のやつは、幅が42mもあるという、この掩体壕群の中では最大のもの。大きくて迫力あります。今、中には農機具などが置かれちょりました。
全国の、海軍航空隊の飛行場があった場所の近くには、今でも同じような掩体壕が残されちゅう所があります。グラマンの機銃掃射や爆撃から戦闘機などを守る為に作られた掩体壕。
子供たちに解るように説明板を付け、キチンと残していかんといかんです。本物は、圧倒的な迫力で、平和の尊さを教えてくれます。