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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

高知城、板垣退助像あれこれ〔826〕2005/07/20

高知城、板垣退助像あれこれ

2005年7月20日(水)晴れ!

今朝も暑い高知市内。いやいや、真夏ですな。ひまわり太郎も、家の窓という窓を開け放して寝よりますが、それでも暑いですね。

ここはご存知高知城。蝉時雨が賑やかです。正面に見える大きな門が「追手門」。そして手前の銅像が板垣退助像でございます。左手を腰にあて、右手をまっすぐ日の出の方角に伸ばした見事な銅像。銘版には吉田茂の書による「板垣退助先生像」と刻まれ、土佐の交通王野村茂久馬氏の書による「板垣死すとも自由は死せず」と刻まれた碑もたてられちょります。

この像は2代目。初代は、大正12年に製作(高知出身の本山白雲さん作ー桂浜の龍馬像もこの人物作ーで、西園寺公望さん題字)されましたが、戦争による金属回収で昭和18年に供出、撤去されてしまいました。この2代目の像は、昭和31年、夜須町出身の浜口青果さんの製作によってできあがったそうです。朝日に向かって腕をまっすぐに伸ばす姿はとても美しく、見事な銅像でございますね。

板垣退助さんの銅像、ここの他にもたくさんあるそうです。郷土史家岩崎義郎さんの「高知城を歩く」という名著から拾うてみます。

まず、国会議事堂。自由民権運動、国会開設の中心人物ですから当然ですね。それから日光。戊辰戦争の際、日光東照宮を戦火から守ったことを感謝して建立されたそうです。次に青梅市。これは、青梅市の名士岩浪光二郎さんが、板垣さんを尊敬しちょったことから建立したもの。あと、東京の憲政記念館。最後に、岐阜公園。明治15年、岐阜で暴漢に襲われ、血まみれで口にした「板垣死すとも自由は死せず」は後世に輝く名言。それを記念して、岐阜に建立されたがですね。


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