2025年までもう少し〔7929〕2024/12/30
2024年12月30日(月)晴れ
昨夜、今年最後の忘年会も終わって、あとは今日明日を頑張るだけ。工場では、早朝から皆さん頑張ってます。数年前から弊社の工場も、元旦は休止。いや、牛は休まずミルクを出すので、生乳の受け入れだけはやってますが、他はお休み。なのでそれに向け、今日はなかなか忙しい工場となっているのでした。写真はフル稼働する年末の工場と、サザンカ。
さて。今年は、能登半島での大地震で幕を開けてしまいました。被災地は、夏には大雨にも見舞われてしまい、本当に言葉もありません。今もまだ苦労されている方々が多いですね。過疎地の大災害は、神戸の大震災とはまた違った傷跡を地域に残していっており、南海地震を控えた僕らも、他人事ではないと思わざるを得ない大災害。
その翌日、1月2日には、羽田空港で日本航空の旅客機と海上保安庁の飛行機が衝突する事故。幸いにも旅客機の方は素晴らしい対応で犠牲者が出なかったけど、海保の方は5名の方が亡くなりました。
そして昨日は韓国で悲惨な航空機事故。胴体着陸でも減速できず、壁面に激突炎上、と言われています。かつて高知空港で、車輪が出ずに胴体着陸という事故があったけど、本来胴体着陸は恐ろしいものである、ということをあらためて認識させられる事故。あの時の高知空港事例は、非常に恵まれたものだったのかも知れません。ともあれ、犠牲になられた皆さんのご冥福をお祈りし、被災された皆さんに心よりお見舞い申し上げます。
事件や事故、災害は、少ないほどいいね。来年は穏やかな一年になることを心から期待したい。
2025年までもう少し。2024年、個人的には、なかなかの発見もありました。鏡川河口の丸山台の成り立ちについて、「板垣会」の会報誌に書くことになって調べてたら、高知城歴史博物館の渡部館長さんのご示唆から、かなり正確なことがわかってきたのでした。ここに詳しく書いたけど、要するにあの島は、先人の防災に対する知恵と努力でできた人工島なのでした。てっきり、東から連なるチャートの島の延長にあると思ってたけどそうではない。チャートの岩礁島だったら、あんなに平べったい島にはならん訳ですね、確かに。浚渫によってできた土砂の島なので、平面の島となり、平面の島であったが故に、板垣歓迎の大宴会が開催できたりした訳だ。丸山台についてよく参照される、「土佐國白湾往来」という史料の記述に疑問を投げかけた、発見。
あと、発掘調査の現地説明会とか発掘現場とかにも行きましたねー。印象深かったのは、滋賀県、大津市の坂本城石垣。なんせ、穴太衆の本場での古い石積み発見ですきんね。丁度京都へ行くことがあって、現地を見ることができました。
もうひとつ興味深かったのが、野市の「北岸山端遺跡」。あのチャートのゴロゴロは不思議でした。縄文早期ですきんね。これは、縄文早期の土佐でも、いろんな文化的活動があったと推測できる訳で、いったい何なのかという謎を投げかけた発見でした。謎は楽しいねー。
さあ。工場も頑張ってます。僕もあとひと頑張り。2024年も、あと、今日と明日。