寺田寅彦先生〔79〕2003/07/04
2003年7月4日(金)晴れ
「天災は、忘れられたころにやってくる」
高知の生んだ大物理学者「寺田寅彦」先生の、あまりにも有名な言葉ですね。
今朝は、江の口川河口から遡行し、高知城の北の大川筋にあります寺田寅彦先生邸跡まで行ってみました。
寅彦は、1878年生まれ、江ノ口小学校から高知尋常中学校(現追手前高校)を経て熊本の第五高等学校に進みます。ここで、物理とバイオリンを田丸卓郎に、英語と俳句を夏目漱石に学ぶという、すばらしい経験をします。その後、東京帝国大学に進んでその教授になります。
「寺田物理学」という独特の分野を切り拓いたことで有名ですね。日常生活のなかのあらゆる現象を分析して規則性や法則を見出すという物理学で、研究テーマは信じられない程広範囲に及んでおります。文学や随筆、芸術にもすぐれ、これもまた本当に広汎な分野で活躍しています。
夏目漱石は、この奥の深い弟子を愛し、「我が輩は猫である」の水島寒月、「三四郎」の野々宮宗八として登場させています。
理論を突き詰める京大物理学がノーベル賞学者を輩出し、東大物理学がその後塵を拝したのは、寺田の情緒的物理学が原因である、という批判がありましたが、現在、自然と物理現象と思想や人間哲学といったものの融合が大切だと言われるようになり、寺田物理学の考え方が、また、見直されています。