西比利亜聯絡〔7740〕2024/06/24
2024年6月24日(月)雨
蒸せるねー。やっとこさ、梅雨のような気候になってきました。沖縄はもう梅雨明けしたみたいやけど。
で、今朝も「汽車時間表」。この、大正14年という時代。1925年。日本は、日露戦争に勝利し、「一等国」の仲間入りしたと喜んでどんどんと拡大路線を走っていた時代。ただ、まだ、満州事変は起きておらず、東アジアやロシアの関係は不穏ながらも、まだかろうじて平和が保たれていた、そんな時代。張作霖爆殺事件を日本軍がしでかすのは、3年後のこと。
この「汽車時間表」にあって、現在のJTB時刻表にないもの。それは、国際連絡時刻表。この写真のページには、東京から下関、そして釜山行きの汽船に連絡し、奉天、北京、漢口、大連、ハルピン、満州里へと向かう鉄道時刻や、敦賀から浦塩(ウラジオストク)へ渡って満州里へ向かう鉄道時刻表などがサマライズされてます。そして、この路線図に書かれた数字のページに、その路線の詳細な時刻表が掲載。なかなかインターナショナルな時刻表となっているのでした。ちゃんと、時差もわかるようになってます。
左のページは「支那及満州聯絡」で、右のページは「西比利亜聯絡」。そう。シベリア連絡がわかるページ。
日露戦争後、南満州鉄道は日本の管理下に置かれた訳やけど、その他は「支那國有鐵道」とかの路線で、その時刻表も詳しく載ってます。そうそう。䑓灣鐵道の時刻表も、あります。
その後の哀しい厳しい歴史があって、今、東アジアの国々は、なんとなくそれぞれ別の国として、一体感がない、そんな状況になってしまいました。どこかの国が強力なイニシアティブを取るのではなくて、ヨーロッパのように、それぞれが独立した個性を持った国々が、ひとつの経済圏としての纏まりを持つことができたら、東アジアを網羅するような時刻表が使われるようになるんでしょうかね。まだまだ遠い、遥かなる夢。
ともあれ「汽車時間表」。鉄道という新しいインフラが、日本の姿を劇的に変え、国際関係をも大きく左右する重要な重要な社会資本だった、そんな時代の雰囲気を伝えてくれる、「汽車時間表」。