吾岡山の今〔7723〕2024/06/07
2024年6月7日(金)晴れ!
昨日、船岡山のこと書いたところ、元JALパイロットの先輩から、東隣の吾岡山のこと、お知らせ頂きました。吾岡山。ごおかやま。今は、吾岡山文化の森公園ができてて、市民の憩いのひろばになっている吾岡山。
その吾岡山は、高知空港滑走路が延長された際に「進入表面」にかかる部分を削ったとのこと。「進入表面」というのは専門用語なんでしょうか。さすが、元パイロット。
吾岡山は、元々標高63.5mの山でした。1970年代の航空写真では、これ。この山が、滑走路の延長線上にあるということで高さ制限に引っかかり、頂上部分を削り取った、という訳だ。現在の標高は47mなので、16.5m分削られた、吾岡山。
こんな感じで広い運動場もできているくらいなので、かなりの土砂が削り取られたと思われます。そして、その部分も恐らくはチャートが主体だ。現在の吾岡山もチャートの露出が目立ちますきんね。
削り取られた残土はチャートが多い、ということで、やはり太平洋セメントさんとかが利用したんでしょうかね。なんなら、せっかく削り取るなら吾岡山全部欲しかったのかも知れません。知らんけど。
あの、空港滑走路延長工事が行われたのは僕が大学生の頃。つまり。高校生の頃、滑走路延長の計画が進んでいて、近隣住民による反対運動もあったと記憶します。延長工事に反対していた1人に、中学生の頃に代数を習った数学の名物教師がおりました。前浜のY先生。あだ名は「カマス」。既に結構なお歳やったけど元気矍鑠で、厳しく鍛えられたことでした。
なんせ、僕の伯父は、戦前にその先生に習っています。戦争が始まる前のこと。そんな先生に代数を教わることができたのは、貴重な貴重なことだったのかも知れません。
こないだ浜改田の出身と書いた僕の祖母は、女学校卒業後、地元の小学校で少し教鞭を取ったとこがあります。Y先生はその時に同僚だったという話もあります。すごい。
いや、久々に吾岡山に登り、延長された滑走路方向を撮影して、そんなことを思い出したのでした。