後免町の給水塔〔7504〕2023/11/01
2023年11月1日(水)晴れ
いやー、11月。まいったまいった。もう、年末。はやいねまったく。
そんな訳で今朝は鉄道ネタ。
以前にも書いたことあると思うけど、後免ー安芸間の電化が完了して安芸まで「電車」が走り始めたのは、昭和24年のこと。それまで、高知市内から走ってくる電車は後免町まで、つまり現在と一緒の状況で、後免駅、後免町駅と安芸駅の間は蒸気機関車が客車や貨車を牽引していたのでした。
僕らには、電車が安芸まで走っていたイメージが強烈に残っているけど、そうではなかった。
高知市内から後免町を通って手結まで、電車の直通運転が始まったのが昭和29年。翌年、安芸まで直通運転が始まった、と、ウィキに書いてます。僕は生まれてないので見てないけど。
そういう訳で、安芸へ行くには、現在のJR土讃線後免駅から「汽車」で安芸へ向かうか、電車で後免町までやってきて、「汽車」に乗り換えて安芸へ、という、現在と同じような方法だったのでした。
昭和30年頃からは、後免駅から安芸駅までの電車と、高知市内から後免町経由安芸行きの直通電車が走るようになり、便利になったのでした。安芸線が廃止される昭和49年まで。ややこしいけどついてきてますか?どうでもいいですか?
後免駅から安芸駅まで、蒸気機関車が走っていた痕跡が、この素敵な後免町駅の電車車庫にあるのはご存知でしょうか。十数両の電車が並ぶ、圧巻の後免町車庫。その北側に、小さな歩道があって、歩けるようになってます。その歩道と線路の間。こないだそこを歩いてて、気付いたのでした。そこに屹立するのは、古い給水塔ではないか。蒸気機関車の給水塔が、今も、ここを蒸気機関車が走っていた時代の痕跡として残されているのでした。
蒸気機関車には、給炭と給水が必須。なんせ、「蒸気」ですきんね。水は、大量に必要。なので蒸気機関車の後ろには「炭水車」が連結されてて、そこに石炭と水を、補給する。その給水に使用するタンクが、これ。今なら鉄骨組んで設置するところでしょうが、これはコンクリートで架台をつくってます。いいね。なかなかいい。そのまんま放置されている感じが、とてもいい。
先日来、幾度かこの早朝の車庫を見ていて気付いたことがあります。毎日毎日、車両が違う。そう。例えば同じ時刻に発車している電車でも、毎日デザインが違うんですね。つまり、車両が違う。普通、鉄道では、基本、列車の編成は毎日決まっていて、同じ車両が同じように毎日走っていると思います。少なくとも近郊列車は。土讃線なんかは、そう。ところがこのとさでん交通の電車の場合、近郊電車なのに毎日毎日使用する車両が変わってゆく。すごいね、この運用。たぶん、効率的運用の為にそんなことになっているんだと思う。車庫は、桟橋とここやけど、同じ車両が毎日同じ場所に戻ってくる必要はない訳で、最も効率的に運用できるよう、運行を組み立てているんでありましょう。知らんけど。
そんな訳で、例えばアンマンパンのラッピング電車がどの時刻にどこを通るかは、毎日変わる訳で、走っているのに遭遇できたらなかなかラッキー、ということになる訳ですな。
とさでん交通さんも、いろいろと頑張っておられます。
給水塔のタンクを新しいのにして、この電車の線路に蒸気機関車を走らせたら、ビビるね。