地すべりと鉄道と、受け継がれる暮らし〔7449〕2023/09/07
2023年9月7日(木)晴れ!
昨日も書いたけど、土讃線が建設されたのは昭和初期。その時代に険しいにも程がある四国山地を突っ切る鉄道を通した、というのはすごいこと。まだ、トンネル掘削技術も橋梁建設技術も、そして建設機械も未発達の時代ですきんね。長いトンネルを掘ったりするのは大変だったので、鉄道のルートも、河川沿いなどの地形を利用したものになっていたのは、仕方ない。
しかしその後、徐々に地質構造がわかってくるに連れ、あちこちに危険な箇所が存在することが、わかってくる。そんな状況下で新しいトンネルが掘られたのが、昨日ご紹介した穴内の話。
その他にも、土讃線では、地滑り地帯を回避したりする為、大歩危トンネルとか大杉トンネルとかが掘られ、旧来の線路跡は、僕ら廃線マニアに喜ばれたりしている訳だ。今まで幾度かご紹介してきましたねー。
大杉トンネルが完成したのは昭和48年で、それまで通っているルートは廃線となった。そのルートの廃鉄橋とか、ロックシェード跡とか、大王信号場跡など、このにっこりでも紹介してきたけど、今朝もまた大杉の旧線跡。
今日は、仕事で大豊町へきてます。仕事があるのは大豊学園さん。去年の4月、おおとよ小学校と大豊町中学校が統合してできたばかりの「義務教育学校」で、真新しい校舎が眩しいねー。
その校舎の北側の道路が、実は、その土讃線の旧線だったりするのであります。
写真は、この辺。大杉駅の南。見えにくいけど、この道の突き当たりに現在のJR線路があり、トンネル入り口になってます。そう。あそこが大杉トンネル入り口。僕が小学生だった頃は、まだトンネルがなかったので、この道に線路が通っていたのでした。この道を南へ行くと、大杉中央病院があり、大豊学園が、ある。
地理院地図で見ると、これ。これはまた、素人目にも、地滑り地形であることがわかるよね。やはり山波川変性帯は、なかなかに、厳しい。仏像構造線と御荷鉾構造線に挟まれて圧縮された地層は破砕帯になり、緩い傾斜でも、粘土層の上に溜まる水が、その上の破砕帯で地滑りを発生させる。それはもう、昔からの大自然の営み。
今は、地滑り対策工事も完了し、安全になっているとのこと。その工事の概要を書いた説明板があり、その下に、こんな文章が書かれていました。
「中村大王地区の住民は、先祖代々、地すべりと共にある暮らしを営む中、清らかな大地を受け継いできた。しかし、太平洋と対峙する四国山地の懐にある中村大王地区は、しばしば記録的な豪雨に見舞われ、時に大きな地すべり災害が発生し、生活基盤の農地に被害が及んだり、平穏な暮らしが脅かされることも度々であった。このような中、十三年の時をかけて直轄地すべり対策事業が実施され、地すべり防止工事が概成し、地すべりが沈静化した。幾星霜を経て、中村大王地区に受け継がれてきた山の恵と地域の絆が次世代へ繋がることを切に願う」