大川橋への愛〔7374〕2023/06/24
2023年6月24日(土)晴れ
今朝は国道32号線。早朝、ひと仕事済ませてから、坂出方面へ向かってます。土曜やけど、お仕事。早い時間に会社を出て、高速ではなくて下道を通るのが、大好き。
ここは久々の「大川橋」。JR土讃線、祖谷口駅の前、吉野川に架かる大川橋。橋の名前は、橋のこちらが「下川」で橋の向こうが「大利」であることから名付けられた、とのこと。2018年、全面通行止めとなり、そして橋脚以外が撤去されてしまった大川橋は、地元の想いが詰まった橋。そんな訳で、橋が無くなった今でも、こうやって橋の歴史を伝える説明版が立てられております。
その説明版には二次元バーコードが書かれてて、それを読みこむと、「賃取り橋の軌跡~大川橋83年のあゆみ~」というページに飛んで、素敵な動画を見ることができるのでした。今日は時間があるので、じっくりと鑑賞。素晴らしいね。
昭和10年、土讃線が全通する訳やけど、その際、この界隈の人々が駅をつくって欲しい、と鉄道省に陳情する。鉄道省は、人口の多い対岸との間に橋が架けられたら駅をつくってやる、という返事をよこすも、そんな資金はない。そこで立ち上がったのが、地元の山林王で酒造家の赤川庄八翁。そう。小歩危駅前に銅像が立つ赤川翁が、巨額の私財を投じて建設した、という歴史を持ちます。
爾来83年。祖谷口橋ができたのをきっかけに車の通行は禁止されたけど、地元の大切な交通インフラとして、そして交流の場としても親しまれてきた大川橋。
僕は、この橋の存在と歴史を「セピア色の吉野川」という写真集で知り、2012年、撮影して紹介してますね。今となっては貴重な写真になりました。橋の補修用に立てかけられた板材が、その橋が現役であることを伝えてくれます。あの時も、たくさんの人々が渡っていた、大川橋。
2019年に書いているのは、渡れなくなった大川橋。2021年3月には、支塔だけになった大川橋を、2度ご紹介。
支塔だけでも残ったのは、この橋の記憶を残したい地元の人たちの思いの現れでしょうか。
この動画には、ありし日の橋の姿や、この橋に対する地元民の愛が余すところなく描かれてました。こういうアーカイブは、いいね。
さあ。香川へ走って仕事仕事!