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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

斉藤牧場から奥谷南遺跡を見る〔7137〕2022/10/30

斉藤牧場から奥谷南遺跡を見る

2022年10月30日(日)晴れ!

昨日一昨日と、今から15000年〜20000年という、人類にとって悠久の昔のこと、書きました。瀬戸内が海ではなかった時代、旧石器時代人は、あの界隈で賑やかに暮らしていた、という話。その頃の高知でも旧石器時代の遺跡があったりはするけど、瀬戸内に比べたらケタ違いに少ない、ということも、書きました。

そこで、高知での代表的な旧石器時代の遺跡、奥谷南遺跡について、考えてみました。日曜日なんでね。

朝、会社でふた仕事ほど済ませた後、奥谷南遺跡へ行ってみました。そして、その奥谷南遺跡も睥睨できる山の上まで、車で行ってみました。

ここは、斎藤牧場。24時間昼夜周年放牧という、牛にとって幸せこの上ない環境で酪農を経営している斎藤牧場は、ここ。その酪農形式を「山地(やまち)酪農」と言いますが、ここは、そんな「山地酪農」の聖地として、全国から視察に訪れるような、すごい場所なので、あります。

 

この右手の急峻な斜面。こんなところにも、乳牛が放牧されています。すごい、のひとことに尽きる、そんな斎藤牧場まで上がってきて、南の平野と太平洋を撮影しました。

写真中央、少し右手に見えるビル群が、高知大学医学部と、大学病院。その手前に、この山地から少し突き出したように見える小山が見えますが、その左側手前の谷が、奥谷。そこに、奥谷南遺跡が、あります。

こうやって見てみると、そこは、平野と山の境目であること、わかります。15000年〜20000万年前、そこの巨岩の岩陰で、人々は暮らしていました。その巨岩は、この秩父帯には当たり前のように存在するチャート。遥か南の海で、放散虫が海底に堆積し、それが長い長い年月の間に北上してきて付加帯となったのが、チャート。

 

昨日話した、瀬戸内与島の旧石器は、サヌカイトが優勢でした。ここ、奥谷南では、チャートの石器が出土しています。チャートってのは、硬い。なかなか加工しづらい石ではありますが。土佐へやって来た旧石器時代人は、苦労してチャートで石器を製作していたのでしょうか。チャートは、江戸時代まで火打石にも使われてたので、旧石器時代人も、チャートで火を起こしていたでしょうか。

 

豊かで暮らしやすい瀬戸内があるのに、なぜ、人類はこんな遠くまでやって来たのか。気候の影響なのか、人間関係なのか、チャレンジなのか。それは今となっては解明されることのない謎やけど、旧石器時代人になったつもりで想像してみるのも、楽しいね。

この眼下、山裾の、奥谷に住み着いた人たちの、気持ち。その岩陰遺跡からは、縄文期の遺跡も、弥生期の高地性集落の遺跡も出土してます。

20000年という長い長い時間、そこで、人々は暮らしてきた。理由はあるでしょうね。暮らしやすかった、理由が。

そこで出土した12000年前、縄文草創期の遺物には、南九州と同じ特徴をもった土器が含まれています。

長い長い年月の間には、僕らが想像する以上に、人々は移動し、文化を築いてきたのだと思う。

 

それはそうだとしても、20000年前にここまでやって来た人たちのメンタリティって、どんなんだったんだろうね。四国山地を越えてきて、初めてこの風景を見たとき、感動したでしょうか。旧石器時代人になったつもりで、想像してみる。


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