手結、避難タワー、ラジオ体操、多胡肇先生〔6672〕2021/07/22
2021年7月22日(木)晴れ!
夏晴れ。
なんか知らんけど、オリンピックの影響とかなんとかで、今日は海の日。旗日。去年末に買ったカレンダーで祝日を間違った人も多かったと思うけど、とにかく今日は、海の日。
早朝自転車で出勤し、一仕事済ませちょいて、東へと走りました。ベージュの折り畳み号でね。今、奈半利駅前のパラソルテーブルに座って、夏の風を感じながら、このにっこりを書いてます。ああ。夏だ。夏。
海の日、ということなので、手結の海水浴場に寄ってました。手結に、知らんうちにできてた、この素敵な津波避難タワー。この避難タワーは、普段から誰でも上がれるようになってます。南国市や中土佐町の避難タワーのように。いいことですね。てっぺんに上がると眺望絶佳で素晴らしい。
以前、中土佐町の町長さんが言うてたけど、普段から上がって親しんでいると、いざというときも避難しやすいと思う。だから、平常時から開放しているのは、いいね。いい。
ここ、手結は「てい」と読みます。高知県人にとっては、手結はていで当たり前やけど、どうやら難読地名らしいです。ここがヤ・シーパークとして整備されたのはいつ頃だったろう。
僕らが中高生の頃、いちばん泳ぎに行った海水浴場は、手結。もう土電安芸線はなくなってたから、バスに乗ってね。もちろんこんなにオシャレにはなってない、クラゲも多い海水浴場。そうそう。手結の海水浴場でクラゲに刺された痕、まだ残ってます。
小学生の頃まで遡ると、一番泳ぎに行ったのは種崎だ。あの頃は、海水浴と言えば種崎。浦戸の、母の実家からポンポン船に乗って種崎へ渡り、泳いでました。
手結は、今も高知で一番お客さんが多い海水浴場なんではないでしょうかね。
そこに、こんな素敵な避難タワーができました。いつでも上がれるし、ベンチもあるので、景色見ながらゆっくりできる、避難タワー。
ヤ・シーパークとして整備されてから、この向こうに芝生広場ができました。
そうそう。今から18年前の夏、あの芝生広場で、「夏季巡回ラジオ体操 みんなの体操会」が開かれました。朝6時半からNHKでやってるラジオ体操。夏休み期間中は、全国を巡回して開催してて、あの日はここでやったのでした。まだ小学校3年生だったJr.1号を車に乗せて、早朝からやってきたのでした。ああ。あれからもう、18年も経つのか。ああ。
あの時の体操指導のお兄さんはタゴハジメさん。ウィキ見てみると多胡肇さん。あの時は、ラジオ体操指導者を始めて5年目だったのか。36歳だ。
多胡先生、今も元気にラジオ体操やってますよね。54歳になるけど。そして今や「全国ラジオ体操連盟」理事長なんだって。すごい。
理事長の、まだ若かりし頃の勇姿を、僕らがここで、ナマで見たのでした。18年は、ふた昔。
18年後の、海の日。今日もここは、海水浴で賑わうんでしょうか。蝉の声。暑い夏。