1986年「現在」の高知市立動物園〔6451〕2020/12/13
2020年12月13日(日)晴れ
師走の週末。昨夜の高知の人出、少なかったんでしょうね。多くても困るし。いやはや。そんな訳で、今朝は早朝より、会社に来てます。昨日は、須崎から帰ってきて、本を借りにオーテピアに寄ってたけど、やっぱしいつもよりは利用者少ない感じ、しました。
「現在の動物園見取図」
この「現在」ってのは、1986年10月のこと。つまり昭和61年で、僕が入社して南国工場の製造現場で働いてた「現在」。
こないだ「月刊土佐」のこと書きましたが、昨日、その31号~41号が綴じられたのを、オーテピアで借りてきました。いや、これ借りるのが目的ではなかったけど、つい、うっかり借りてしまった。
その31号、つまり1986年10月号の特集が「高知市立動物園」だったのでした。そう。お城にあった動物園。僕らが子供の子どから親しんだ動物園を特集してて、その歴史から1986年の「現在」を詳細にレポートしてくれてます。これもまた、貴重な貴重なアーカイブ。
高知市立動物園は、昭和25年に開催された「南国高知産業大博覧会」の施設の一部として開園し、博覧会終了後も、そのまま残されて「現在」に至ると書いてます。でね。
「開園当初の動物たち」、というリストが掲載されてるけど、すごい。
熊、猪、鹿、穴熊、リス、インコ、緬羊、山羊、猿、白眉心、狸、ペンギン、オウム、孔雀、きじ、七面鳥、鷹、鳶、山鳥、鴨、スッポン。
なんか。家畜園と揶揄された歴史が蘇る。後半なんか、どっかの料理屋さんのメニューみたい。動物園らしい動物といえば熊くらいでしょうか。その後、昭和27年に象の南海子がやってきて大人気となったのも頷けます。このメンバーに象がきたら大スターだ。
で、「現在」の見取図が、これ。象やキリンが居ない動物園やけど、虎、ライオン、ジャガーとかはおりまして、なんとなく動物園になってますね。この見取図見て、いろいろと思い出してきました。今年の5月24日のにっこりで、この動物園の2020年の「現在」写真を掲載してるので、見比べてみると楽しいよ。当時を覚えてる方は。
この特集のまとめに、「移転問題が持ち上がっている」と書かれてて、次世代の動物園のあり方が、いろいろと議論されてる様子が紹介されてます。その後の歴史は、ご承知の通り、1993年(平成5年)に桟橋の「わんぱーく高知」へ移設となって、今に至っております。その「今」は、こんな感じでコロナで大変やけど。
そして野市に県立のいち動物公園もできたし、今の高知県民にとっての動物園事情は、僕らが子供の頃に比べると隔世の感。のいち動物公園は、全国レベルの人気というし。ああ。家畜園が懐かしい。
隔世の感と言えば、この特集の隣のページに「文化の名に値しない県民文化ホール」というコラムがあって、ハッとしました。ある日、聴衆のアンコールの拍手に応えて演奏者が舞台に再登場しようとしたら、緞帳が下がって再び上げられることはなかった、という話。そうやったそうやった。
文化ホールができたのが、僕が中学生の頃。なので幾度も幾度も幾度も幾度も演奏者として利用したけど、当時の係員さん、ものすごく偉そうでした。で、時間厳守。少しでもオーバーすることが許されない世界やったこと、思い出した。隔世の感。今は昔。指定管理者制度になり、とてもいい運営が行われるようになった文化ホールは、文化の名に値するようになったけど、今はコロナで大変ですね。