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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

1981年の宇高連絡線〔6388〕2020/10/11

1981年の宇高連絡線

2020年10月11日(日)秋晴れ!

秋晴れの日曜日。今日も、各地、行楽客で賑わうんでしょうねー。僕は会社に来てますが。

 

さて。こないだ、YouTubeに「思い出の国鉄」という動画のシリーズが上がってる話、書きました。今日は、そのシリーズにある「思い出の国鉄(宇高航路)」について書いてみましょう。そう。懐かしの宇高連絡船。

そう言えば、宇高連絡船は「うこうれんらくせん」で、宇高国道フェリーは「うたかこくどうふぇりー」なのは、何故だったんだろう。どうでもいいですか?

 

さて、「思い出の国鉄(宇高航路)」。この動画には1981年と書かれてて、途中のナレーションに「晩秋」と出てくるから、まさに僕の持ってるこの時刻表の頃。このポケット全国時刻表は、たぶん、東京で大学生やってた僕が高知へ帰るときかなんかに駅で買うたもの。捨てずに置いといて良かったですね。

で、宇高連絡船のページを見てみました。この頃はもうホバークラフトが運行してるので、連絡船は一日11往復。1970年の時刻表では18往復。それに乗客を満載して、運行してた、連絡船。

 

ナレーションにも出てくるけど、この当時、この航路を横断していく船が一日500隻、連絡船と同じく本州と四国を結ぶ船が上り下りそれぞれ200隻と言うてるので、すごい。瀬戸内海に橋が架かってなかった時代って、そうだったのだ。

 

宇野駅で連絡線に乗り換える風景から始まって、船室、グリーン船室、デッキの風景が出てきます。何より懐かしいのが、このうどん屋さん。

幾度か書いたけど、僕は、宇野線を降りて連絡線に乗り込むと、そのままデッキに駆け上がってうどん屋さんに並んでました。どういう訳か、出港するくらいまで営業始めんかったっすよね。で、営業が始まると天ぷらうどん買って、デッキで食べる。食べ終わったらそのままデッキで過ごし、時期や混み方にもよるけど、到着10分くらい前に下船口に並び、高松港に着くと、走る。急行あしずりの自由席に座るために、みんなが走る。そんな乗り換え風景も、今は昔。岡山駅で新幹線降りたら、南風に乗り換えてそのまま高知ですきんね。夢みたい。

 

でも今となっては、あの連絡船が夢みたい。

この動画の3分46秒くらいのところに、壁掛け時計が写ってます。11:30くらいに見えますよね。と、いうことは、宇野10:54発、高松11:54着の連絡線でしょうかね。この時刻表によると。

 

当時の高松駅は、こんな感じ。十字の場所に連絡船が停泊中。この南の、駅のホームへ、連絡船から走ったことでした。これをそのまま今の航空写真にしたら、これ。この十字の場所に連絡船が停泊してた訳で、今の風景からは想像もできんねー。サンポートもびっくり。

着岸した連絡線の場所からストリートビューで見上げると、讃岐うどんの看板が見えます。

 

あの連絡船のうどんよりも、たぶん本格的でちゃんとした、美味しいうどん屋さん。だって、連絡船のうどんって、天ぷらは衣ばっかしで、うどんもちょいとぬるかったし。冷静に考えるとそんなに特別おいしいうどんではなかったけど、でも、あそこで食べるから、とんでもなく美味しかったのだ。

あの味をそのまま再現したものを食べてもあんまし意味がない訳で、あの甲板で、海風を受けながら食べたうどんが最高だった訳で、いくら再現してみても、もう、二度とあの天ぷらうどんを食べることはできないのだ、と改めて思いながら、この動画を見たことでした。

 

あの、甲板の上で食べる天ぷらうどん。もう、二度と食べることはできない、うどん。


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