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飛行場の歴史と酪農〔6074〕2019/12/02

飛行場の歴史と酪農

2019年12月2日(月)小雨

そんな訳で、福岡。昨日、葉牡丹で楽しんでから、夜の飛行機に乗ってやって来ました。もちろん機内では爆睡で、知らん間に着いた、福岡空港。地下鉄で博多へ移動し、ホテルへチェックインして、心地よい疲労感の中、よく寝ました。

今朝は5時起床。脚と腰が、ちょっと、痛い。結構、痛い。また太腿裏が痛いのは、脹脛の張りが原因で、腰に鍼を打ったら治ること、知ってます。予約しなくっちゃ。

 

そんな訳で、あまり無理をしないよう、今朝は軽めの博多福岡空港往復RUN。空港がこれだけ近い大都市も珍しいっすよね。ちょっと頑張れば、博多駅から歩いて行けるくらいの近さにある、福岡空港。

整理運動みたいな感じで、小雨に打たれながら、走ってきた福岡空港。

 

昨夜は久々の福岡空港だった訳だけども、様変わりしてるのに驚いた驚いた。以前の、ちょっと狭くてゴチャゴチャした感じの空港ビルはどっかへ行ってしまい、広くて小洒落た空港ビルになってしまってました。

最近、あれっすよね。空港ビルの改装改築、多いよね。こないだ、伊丹空港の到着口がモノレールの駅に直結するみたいになってて、驚いたばかり。

福岡空港も、以前がどんなんだったか忘れてしまうくらい変わってしまいました。まあ、そんなにビッシリ使った訳でもないけど。

 

今朝撮影したのは、この十字の場所から。以前よりも、エプロンが北へ伸びて、駐機できる台数が増えたみたい。で、到着口から地下鉄の駅までは、遠くなりました。到着口は、ビルの北端。もちろん地下鉄の駅は移動してないから、歩く距離が伸びてしまったのである。これなら博多までそのまま歩いてもいいんじゃないか、と思えるくらい、遠い。嘘です。

 

空港の遠景はこんな感じ。ところが1970年代の航空写真だと、こう。随分と変わったもんです。でも、今も滑走路は1本。これを2本にする計画があるらしくて、それで空港ビルの工事も行われれると、九州の人がこないだ言うてました。

 

こういった生活密着メインインフラは、どんどんと変わってゆきます。予算が優先的につけられるでしょうからね。

そもそもここに空港が作られたのは、太平洋戦争中のこと。陸軍航空部隊の飛行場として開設。海軍と陸軍の違いはあるけど、高知空港と同じだね。

で、高知空港が日章飛行場と呼ばれてたように、福岡空港も板付飛行場と呼ばれてました。

 

今日のお昼、酪農乳業の歴史に関するシンポジウムでは、海軍高知航空隊への軍納品として、日章地区の酪農業が始まり、盛んになっていった、みたいな話をする予定です。

ここ板付でも、そんなこと、あったんでしょうかね。軍に納めるために酪農業が盛んになった歴史とか。でも陸軍だ。海軍みたいに洋風な食事が取り入れられなかったから、牛乳の需要はなくて、酪農は盛んにならなかったでしょうかね。


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