白川先生の生き様〔6069〕2019/11/27
2019年11月27日(水)曇り
今から30年近く前のことと思う。宮城谷昌光という作家の作品にであいました。最初は「天空の舟」。古代中国、夏末期から殷の始めまでを描いた佳作。
中国の歴史上の人物を描いた本は、三国志や劉邦項羽の時代をはじめ、たくさん存在するし、それまでにもかなり読んでました。
でも、文献資料が残っていない夏から殷にかけての時代について書かれた小説、見たことなかった。だから、果てしない空想物語だろうと思って読んでみると。
その臨場感というか説得力というかリアリティというか、宮城谷昌光という作家の力量に感服したこと、今も覚えてます。
その後も、あまり馴染みのなかった春秋時代の人物にスポットを当てた小説群や、これまた文献資料のない殷の高宗武丁が「文字」を生み出す物語「沈黙の王」などなど、新鮮な驚きを与えてくれる本、読み漁ったことでした。
あるとき、宮城谷小説が、白川静先生の影響を強く受けている、ということを知りました。そして白川静先生の著作を読む。そこには、僕の知らなかった漢字の世界が広がっており、こんな学問があり、こんな学者がいるんだ、と、強くショックを受けました。
ウィキにも書いてるけど、宮城谷は、立原正秋に「必然性のない漢字は使ってはならない」との教えを受け、漢字に向き合うようになり、そして白川漢字学と邂逅して、人生が変わったのでありました。
僕は文章家ではないので、白川漢字学との出会いで人生が変わってないけど、感銘を受けたのは、事実。
今朝の高知新聞。共同通信配信の「文学流星群」というコーナーで、その白川静先生のこと、取り上げられてました。
白川漢字学は、後漢の学者、許慎の「説文解字」から抜け出せてない漢字学への疑問から始まり、金文や甲骨文の発掘研究成果を踏まえて、新しい漢字の成り立ち解釈を築き上げたもの。
いちばんの特徴は、吉の下の口の部分みたいなところを、祝詞を入れる箱(サイ)と解釈し、感じの成り立ちを呪術的な要素から考えること。
もちろん学会では批判もあり、真偽のほどは、わからん。わからんけど、白川先生一人で編纂した天下の漢字辞書「字統」「字訓」「字通」は、すごい。いや、凄まじい、とも言える仕事で、人間のできる仕事の可能性の巨大さを、感じさせてくれるものだと思う。
友人であった高橋和巳が書いた、大学紛争華やかなりし時代の「大学の建物が封鎖されたのちも、S教授の研究室だけは夜11時をすぎても煌々と蛍光灯がともっていた。学生たちはたったひとつの窓明かりが気になって仕方がない。騒乱のなかで黙々と地味な研究をつづけるS教授はどの思想的党派にも属していなかったが、学生との団交の席にその人が姿を見せると、一瞬にして場の空気が変わる。無言の、しかし確かに存在する学問の威厳を学生が感じてしまうからだ」という文章は余りにも有名だけども、学問に対する矜恃というか、姿勢というか、もう、白川先生は常人では、ない。
仕事に対する矜恃。これは、宮城谷昌光さんの、日本史作品を書くにあたっては、それまでの中国史資料用の書庫とは別の書庫を準備し、それが完成するまでは日本史作品に手をつけないと決めていた、というウィキに書いてるエピソードにも通じるもの、あります。
白川漢字学で、僕の書く文書が変わった訳ではないけど、白川先生の生き様を知った僕が、生き方を変えることはできる筈で、今朝の記事はそんなことを、思い出させてくれました。
さあ。矜恃をもって。仕事仕事。