桂浜閣〔5997〕2019/09/16
2019年9月16日(月)晴れ
敬老の日。朝、一仕事済ませてから走ってきました。今日の目的地は、ここ。桂浜。なんか、久しぶりにやって来ましたねー。たぶん、ブラタモリの撮影のとき以来。懐かしい桂浜。
家から桂浜までは10kmちょっと。ルートによるけど、12kmくらいでしょうかね。炎天下RUNで、暑いっちゃあ暑いけど、日陰に入ると秋の風情も感じられる敬老の日。
こないだ、土佐史談会の今井副会長さんが、「生誕150年記念野村茂久馬顕彰実行委員会」というFacebookの中で、戦前戦中に、かの土佐の交通王、野村茂久馬さんが購入していたという「桂浜閣」のこと、書いてられました。
そもそも、得月楼さんが料亭を開く目的で建てた、桂浜閣。しかし、戦時中の為に営業許可が下りず、野村茂久馬さんが購入したと推測される、とのこと。真相は、わからない。
その桂浜閣、けいひんかくと読みます。この建物があったことは、あまり知られてません。
「野村茂久馬翁」という本には「桂浜閣は丘の斜面を利用した四階建ての建物、最上階の大広間は四十畳の座敷、小さい部屋もたくさんある堂々たるもの」とあるそう。では、その桂浜閣は、どこにあったのか。
得月の作成した絵葉書を見ると、灯台と浜の間の斜面に建ってるように、見えます。でもかなりデフォルメされた図柄で、正確ではない。戦時中ということで、正確な海岸線の絵を描けんかった、という理由もあります。
そんな訳で、確認してきました。家から走っていって。
まず、灯台。あの桂浜の灯台、なかなか風情があって、良いです。そこから龍王岬の方へと下っていく遊歩道が、あります。そこを、下る。
斜面はかなり急勾配なので、ちょっと、藪漕ぎは難しい。滑落したら大変、という感じの急斜面。
で、少しだけ、コンクリートの構築物みたいなのが斜面に見えたけど、良くわからん。
浜まで、降りてみました。そして、発見。
観光客さんが歩いてるところの山側。石組みが見えます。あの石組みを登ると、大きな、格子状の、コンクリートの基礎みたいなのが、斜面にありました。急斜面の、ずっと上の方まで。これだ。間違いない。ここに、4階建の、立派な洋館が、あったのか。
観光客さんに不審そうな目で見られながら、斜面に分け入ってみました。でも、あまりにも急斜面なので、上の方まで上がるのは断念。
そして、この遊歩道沿いに、自然石の、文字が刻まれた碑が、慎ましやかに、たってました。
解読してみよう。
桂濱ハ高知ノ名勝ニシテ松青ク砂白ク 巌上ニ龍王宮アリ風景絶佳 土佐ノ江島ト稱セラル
得月楼主松岡寅八翁敬神ノ心厚ク 資ヲ投ジ神橋道路ヲ修シ 景勝益加ハル 今記念碑ヲ建ツルニ及ビ併セ之ヲ傳フ
昭和二年二月一日
浦戸村長 小松茂盛識
昭和2年だから、桂浜閣が建てられるずっと前。そんな頃から、得月の松岡寅八さんは、桂浜に私財を投じるほどの入れ込み様であったのか。
そして、そんな思いがやっと形になって、立派な料亭を建てたのに、戦時中ということで営業許可が下りなかったのだとしたら、ちょっと哀しい。
野村茂久馬さんは、この桂浜閣に著名人を招いて、ゲストハウスのように使ってたらしい。
戦後、進駐軍に接収され、痛みが酷くなり、解体された、といいます。
今は、急斜面に、コンクリートの基礎が残るばかり。
たくさんの観光客さんで賑わう桂浜で、少し藪漕ぎしてきました。