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ヤスとイノス〔5703〕2018/11/26

ヤスとイノス

2018年11月26日(月)薄曇り

月曜日。さあ。頑張って仕事仕事!

そんな訳で3時過ぎ起床。写真は、今朝3:50の中島町。この看板にあるように、高野寺さんの前。未明の中島町を、新聞配達さんのバイクが通ってゆく。早朝からご苦労様です。

昨日の大相撲。幕内優勝が若い小結の力士だったとか、横綱がいなかったとか、色んな話題があったけど、やっぱし僕は豊ノ島関。十両に復帰して初めての場所を11勝4敗という堂々たる成績で終えた豊ノ島関。すごい。あわよくば優勝決定戦、という状況でしたもんね。興奮しました。

このままの勢いで、また、幕内で横綱大関と相撲するまで駆け上がって欲しい。ぼくらおじさんの夢を背負って。

 

相撲と言えば板垣退助。こないだも書いたように、江戸時代から盛んであった相撲を、現代の立派な大相撲に成長させた功績は大きい。そんな板垣退助さんは、ここで生まれた。土佐藩上士、馬廻格の乾家長男として、ここで、生まれました。1837年のこと。

この向こうの100円パーキン辺りには、盟友片岡健吉くんの家。そしてここから南へ歩いて3分で、後藤象二郎くんの家。後藤象二郎とは特に遊び友達であり、くっついたり離れたりしながら、その生涯をともにしたのはご承知の通り。

 

大政奉還から龍馬暗殺と、歴史が大きく動いた時代。あの時は、龍馬と後藤象二郎は大政奉還和平路線、板垣は中岡慎太郎や西郷と武力討伐路線で、対立してました。

また、明治になり、一緒に新政府の参議になったり自由民権運動でくっついたり離れたり。

 

板垣が生まれたこの場所を、明治15年に高野山金剛峯寺が譲り受け、高野山出張所として開祖され、それが今の高野寺さん。

町に近く、広い場所が、ここにあったの。良い場所を見つけました。その名の通り真言宗のお寺さんとして、地域の皆さんに親しまれてます。

 

ここにあった板垣邸の門は、比島の龍乗院さんに70円で買い取られ、今も龍乗院さんの門として現存します。ぜひ、一度見にいってみてください。以前行ったときにはRYOJOINと書かれたおしゃれなバイクが置いてありましたが。

おしゃれと言えば板垣退助のルイ・ヴィトン話ですな。色んな説が入り乱れるので、整理しちょきます。

以前、後藤象二郎が、日本で最初にルイ・ヴィトンの鞄をパリで購入した、という話が話題になったけど、間違い。ルイ・ヴィトンには、創業以来の顧客名簿が保存されていて、検証できるのであります。それによりますれば、日本人で最初にルイ・ヴィトンの鞄を購入したのは薩摩出身の鮫島尚信という駐仏公使。その5年後、1883年1月9日に、板垣退助が本店を訪ねてトランクを注文。後藤象二郎が注文したのは、その3週間後の1月30日。

でも、現存するのは板垣のトランクだけ。シリアルナンバー7720の、注文書とも符号するトランクが現存し、それが日本人が購入して現存する最古のルイ・ヴィトンということになる訳だ。

 

ともあれ、夜明け前の高野寺前。

ここを、乾猪之助少年と後藤保弥太少年が「ヤス!」「イノス!」と呼び合いながら駆けずり回っていた時代がありました。自分たちが時代を動かすことになろうとは夢にも思わず。


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