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今日のにっこりひまわり

里山〔5653〕2018/10/07

里山

2018年10月7日(日)薄曇り

里山。高知にも、謂わゆる「里山」と称される山、たくさんあります。里山とは、人間が暮らす場所に隣接するような、山。森。人間の生活に利用されてきた山。森。

でも里山は、都市に近接する場合が多いことから、都市開発、宅地開発の波に襲われて無くなってしまうケースも、多い。

そんな中、今も残っている里山は、都市の在りようとしても、とても貴重なもの。ここ、秦山も、そんな里山として残ってます。向こうに愛宕山。住宅街のすぐ横にある、手付かずの山。森。

 

昔の里山は、そこに生える植物が、人々の暮らしを支えた。燃料として、そして肥料として。だから、里山の景観は、今の高見山みたいな感じだったんだろうと思う。ここ、秦山もね。

今、山に分け入ってみると、鬱蒼とした木々や竹藪。そして、お墓。

いや~、お墓、多いです。もちろん、キレイにされているお墓も少しはありますけど、ほとんどのお墓はもはや無縁墓となって荒れ放題。割れた墓石が無造作に転がっていたりも、します。

 

墓石を立てて埋葬する、現在の形のお墓ができてきたのは江戸時代前期。すごいことに、この秦山には、そんな江戸時代前期のお墓も、あります。

それ以前は、それぞれの地区の定められた埋葬地などに埋め、墳丘をつくるようなのが一般的。今みたいな墓石ではなくて、自然石や卒塔婆を立てる。もしくは、なにも、しない。埋葬し、そしてなにも、しない。そんなお墓が多かったらしい。

 

そうそう。江戸時代前期に墓石を立てて、ここ秦山にあるように墓地を形成したのは、武士階級。一般の人が墓石を立て、墓地をつくったのは、江戸時代後期。新しいんですな、意外と。

 

その時の風景を想像してみよう。

まず、現在の、あちこちにある霊園の風景。大概、見晴らしの良い、気持ちの良い場所が選ばれてます。昔、棚田があったような場所ね。死んでからは、やはり、見晴らしの良いところで心地よく休みたい、ということだろうと思う。

それはたぶん、昔も一緒だ。上に書いたように、里山は、昔は高見山のような山だった。どこも。秦山も。全然鬱蒼としていない。そんな山の上は見晴らしが良くて心地良い。そうだ。そこにお墓を作ろう!そう考えたんだろうと思う。

 

そう。今、鬱蒼とした森の中に所在し、無縁墓となて転がる墓石などを見ていると、昔のお墓はそれが当たり前と思ってしまうけど、違う。昔も、見晴らしがようて気持良い場所にお墓つくったけど、燃料革命と肥料革命によって里山の植物が必要とされなくなり、いつしか森の中に埋もれてしまった、という訳だ。そうに違いない。

 

世界中では、色んな埋葬形態や葬送形態があります。もちろん宗教観によっても、様々。

粘菌を見ていると、生きているとはどういうことか、考えさせられる、という話、書きました。つまり、死ぬとはどういうことか。大自然の果てしない循環の中にいる、僕たち生き物。

立派なお墓をつくっても、何世紀かの間に、ほとんどの場合は忘れられ、放置されてゆく、という事実を、里山の、転がる墓石が教えてくれます。

 

そう。そんなことを知ると、自分はどうしたいか、考えますよね。人、それぞれ。尾崎放哉が海とともにあり、種田山頭火が山をこよなく愛したように。

僕は、山。別に、見晴らしの良い場所でなくてもいい。山に、戻りたい。

山で、大自然の循環の中に、戻ってゆく幸せ。


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