美しい田んぼの風景〔5546〕2018/06/22
2018年6月22日(金)晴れ
雲は多いけど、晴れてます。暑い一日になりそう。梅雨が明けて夏になったみたい。ですが、まだまだ。もっと降らんと、お百姓さんも困ります。高知の平野は、これから、雨がとても大切な時期を迎えます。
ここは住吉野。南国市、住吉野。高知東自動車道、なんこく南インターから少し東て行った場所。その山は後免の南の吾岡山で、遥かに三宝連山の主峰、秋葉山のとんがったピークが見えてます。
そして、田んぼ。緑が濃ゆくなってきました。この界隈の田んぼは極早生が多く、あと一ヶ月もすると稲刈り。日本でも有数の早さで、新米ができてきます。
平野における田んぼと言いますと、長方形に区画された風景を思い浮かべます。圃場整備事業によって広大な作業しやすい区画がつくられている場合もあるし、狭いけど、3反くらいの長方形の田んぼが整然と並んでいる場合も、ある。日本の平野の田んぼの風景。
この地理院地図をご覧ください。見事な香長条里。真北から東へ13度振った方向に、すべての田畑が区画されている風景。その範囲は広大で、強大な権力の介在が伺えます。強大な権力がないと、こんな広大な条里、無理だ。
条里制が日本で始まったのは、どうやら奈良時代のことのよう。飛鳥時代の班田収授制によって始まった、という説は、近年の学区説では否定されているんだって。奈良時代の墾田永年私財法あたりから広まった、というのが新しいトレンド。
でもね。こないだの若宮ノ東遺跡が7世紀のものだとすれば、その、香長条里に合致した区画をどう説明するか、という問題が湧き上がる。
香長条里の成立について、誰かの研究成果、探してみんといけません。場合によっては土佐の古代史の見方が劇的に変わってくる可能性、あり。
でも、この住吉野。写真の左端くらいに南北に走る道は、香長条里に沿ったもの。しかし眼前の田んぼは、そんな条里には関係なく、自然地形の上につくられているように見えます。水路は直線に付け替えられず、たぶん古代からの自然地形をそのままに活かした田んぼの区割りだと思われます。
現在の航空写真がこれで、僕が幼少の頃の航空写真が、これ。ほとんど変わっていない。あの山の北側には南国バイパスが通り、お店や工業団地などができて、圧倒的に変わってきた風景が広がるのに、こちら側は、全然変わらない。
古代。
香長条里ができあがっていった時代にも、ここは、そんなトレンドには関係なく、自然地形のままにあった。戦後の都市化、開発の波の中でも、ここは、そんなトレンドに関係なく、自然地形のままに田んぼがあった。
だから美しいのか。
高知東自動車道から見える田んぼの風景の中でも、ここの風景が一番美しく見えるのは、曲線の混じった自然地形だから、ということがわかりました。
今朝、出勤途上、わざわざなんこく南インターで降りて、高いところに登って撮影してみた価値、ありました。
人工のものと自然が融合した、美しい風景。