オーバーザレインボーは遠かった〔5404〕2018/01/31
2018年1月31日(水)晴れ
東京。昨日の会合は勉強になりました。全国各地で非常に特徴のある取り組みをされている乳業メーカーが、集結。色んな情報交換ができました。いやいや、勉強になった。それぞれ、すごい。
中でも、4年ほど前に訪問させて頂いた岩泉乳業さん。すごい。
一昨年の9月、未曾有の大水害で、工場や事務所が流されてしまうという被害を被りました。約1年かけて新しい工場を建て、再稼動し、待ち焦がれていた岩泉ファンに、あのおいしいヨーグルトの提供が再開されたのは、昨秋。
本当に勉強になりました。商品の魅力、そして熱心な取り組み。想い。
さて。昨夜は天王洲アイル近くに宿泊。水曜日で築地はお休み。さあ。どこを走ろうか。そうだ、レインボーブリッジだ!
東京湾をまたぐ、都心からお台場へと渡るレインボーブリッジは、徒歩でも渡れると聞いたことがあるぞ。夜明け前のレインボーブリッジから見る東京湾と都会の風景は、想像するだけでも素晴らしそうではないか。そうだ。レインボーブリッジを渡ってお台場を走ろう!ついでに豊洲まで!
それなのに。ああ、それなのに。
芝浦側の、歩道入口へ走って到着してみると。営業時間があるではないか!
東京港管理事務所が立てた「レインボーブリッジ営業案内」という看板が、少し哀しい。
今の時期は午前10時から午後6時までなんだって。そう。せっかくのレインボーブリッジなのに、夜景を楽しむことはできない。車かゆりかもめ。
まあ、誰も管理事務所に居ないときに渡るのは危険、ということなんでしょうかね。知らんけど。とにかく、歩いて渡ることはできなかったレインボーブリッジ。
仕方ないので浜松町方面へ。上にも書いたように築地は市場休で、場外のきつねやさんとかも休みなので、大門界隈をたつくり、モノレールに乗ってホテルへ戻りました。ああ。
レインボーブリッジという愛称は公募なんですってね。正式名称は「東京港連絡橋」というシンプルイズベストの名前なんだって。僕は、そんな名前も好きです。
1987年着工で1993年完成とあるので、まさにバブルの頃に計画され、つくられた橋。お台場がお洒落なスポットに変貌したのは、この橋の完成も関係してますな。
僕らが学生の頃は、この向こうの有明ふ頭にサンフラワーが着船してた。殺風景な埋立地でした。高知から新聞配達自転車でサンフラワーで戻り、有明ふ頭から訳も分からず西へと向かっていたら、突然銀座へ出て驚いたことを昨日のことのように覚えてます。
変われば変わる、街の風景。
写真は、まだ閉まっているレインボーブリッジ遊歩道芝浦側入口で残念がる僕。視線の先には美しいレンボーブリッジ。
オーバーザレインボーは、遠かった。
豊洲までは更に遠い。豊洲までの道のりは、やはり、遠いのである。