年末の工場、ひまわり牛乳〔5371〕2017/12/29
2017年12月29日(金)薄曇り
今年も、今日明日明後日でおしまい。今日で仕事納めの方も多いとは思いますが、弊社の工場は今からフル稼働になります。工場は12月31日まで稼働し、1月1日から動き始める。ああ。牛乳屋さんの宿命。
でも、昔は、今ほどではなかった。正月は正月らしく過ごしていたことも、ある。お正月に開店するようなお店は皆無で、静かな静かなお正月だった。
ただ、その頃でも牛乳屋さんは、完全に工場を停止することは不可能でした。牛は休まないので。いつもと同じように乳牛は牛乳を出し、生乳は工場へ入ってくる。
元旦の製造充填がなかった当時は、生乳を受け入れても製品にできないので、全部、粉乳にしてました。タンクに入りきらんなった分を、粉乳にして保存。
だから、生乳の受け入れ係と粉乳係だけは、いつもよりは格段に静かな工場で仕事をしていましたね。
午前中には仕事も終わるので、工場に集まった酪農家さんと飲んだりする、静かで楽しいお正月。
いつの頃からでしょうか。正月にお店が開くようになり、そこに元旦から出掛けて過ごす家族連れが増えたのは。
1月2日から製造充填を始めるようになり、いつの間にか元旦にもやるようになったのはいつ頃からだっただろう。お陰で、あの、戦争のような大晦日はなくなりました。そして静かな元旦も、なくなった。働き方改革というなら、この辺を考える必要もあるでしょうね。今の日本の社会だと、なかなか難しい気もするけど。
写真は今朝の充填室。成分無調整ひまわり牛乳1000mlが、充填機から出てコンベアを流れてくる。この風景は明後日まで続き、そして元旦から始まります。
僕が工場で働き始めた頃は、普通の成分無調整牛乳は「8.3牛乳」という名前でした。その頃、乳脂肪分の成分を商品名にする牛乳が多く、3.4牛乳とかいうのが流行ってました。成分は無調整なので、正確に言うと「乳脂肪分3.4%以上」ということ。弊社の場合は、脂肪分よりも、タンパク質やカルシウムなどの「無脂乳固形分」の方が大事だろう、ということで、その無脂乳固形分の下限値、8.3%を製品名にしてました。
では、「ひまわり牛乳」は。
その頃の「ひまわり牛乳」は、濃縮乳などの乳製品を使って乳脂肪分、無脂乳固形分を高くした「加工乳」の名称でした。
その商品が登場したのは、昭和30年代。キャッチフレーズは「おいしくて、濃い」。一世を風靡したおいしくて、濃い「ひまわり牛乳」。
昭和30年代。
大手乳業が高知へ進出してきたりして、競争が始まった時代。牛乳販売店の組合から、価格競争に勝てる安い牛乳を出してくれ、と言われた当時の社長が、それは違う、と断固として断り、逆に、大手よりも価格は高いけど成分が濃くておいしい牛乳を発売する。その商品名が「ひまわり牛乳」。その「ひまわり牛乳」が大ヒットし、高知県中のお客様から「ひまわり牛乳」と呼んで親しまれるようになりました。弊社の礎を築いた「ひまわり牛乳」。
そして、それまで「高知牛乳食品株式会社」であった社名を、親しみを込めて呼ばれていた「ひまわり」に改め、ひまわり乳業に。
そんなこんなの歴史を刻む、ひまわり牛乳。
年末の工場で、次から次へとコンベアに乗って運ばれてくる、ひまわり牛乳。