汽車の魅力〔5339〕2017/11/27
2017年11月27日(月)晴れ!
晴れました。昨日の雨が嘘のよう。雨に濡れた街が朝日に輝く美しい朝。朝4時40分頃に会社に到着しましたが、そんなに寒くありませんでした。雨の夜だったせいでしょう。でも、雲が晴れてくるに連れ、気温も下がって清々しい朝。
本社棟の二階、営業の部屋から、工場越しに、7:28のいち駅発の汽車を撮影してみました。物部川の橋梁を渡る、土佐くろしお鉄道の汽車。向こうに三宝山が見えます。あの汽車は各駅停車で、行き先は高知。後免駅からJR土讃線に乗り入れます。高知駅到着は8:00だ。のいち駅から高知駅まで約30分。車と同じくらいですね。途中7個もの駅に停まる上、後免駅では9分も停車するのに車とそんなに変わらない。いや、この時間帯だと、たぶん車よりかなり速い。
ゴトゴトゆっくり走りゆうみたいに見えるけど、やはり鉄道はすごい。
以前にも書いたけど、国家の成り立ちと鉄道には、非常に深い深い関係があります。本当です。
蒸気機関が発明され、イギリスで、マンチェスターとリバプールの間に鉄道が敷設されたのは1830年。工業地帯と港町をつなぐ鉄道。その有用性は瞬く間に証明され、恐ろしい勢いで、世界中に鉄道建設が進んでいったのはご承知の通り。
日本では、大政奉還が行われ、龍馬が暗殺されたその五年後には、新橋横浜間に鉄道。
やはり、港町と大都市をつなぐ鉄道。
明治国家が成立し、それまでの幕藩体制から中央集権国家に脱皮するに際して、鉄道の果たした役割は限りなく大きいと思います。政府の権力を地方隅々まで行き渡らせるのに、鉄道が果たした役割は大きい。
だって、スピードと輸送力が、全然違う。
東海道線が開通して東京と大阪が鉄道でつながったのが、明治22年。第一回帝国議会が開かれたのが明治23年。国の在り方が固まってくるのと、鉄道が引かれていくのが並行している感じ。
ウィキによると、東海道線、最初は中山道ルートで計画され、工事も始まっちょったんだとか。東海道は海に近く、外国に攻撃されやすいと陸軍が反対した、などという理由が挙げられてます。
なるほど。
でも、結局、中山道ルートの方が工事が大変だ、とわかって、急いで東海道にルート変更したんだと言います。
とにかく、馬でも幾日もかかっていた距離を、一日で走ってしまう、汽車。
今の僕らが考える以上に、ミラクルな、とんでもない夢の乗り物であったと思われます。どこでもドアくらいのインパクトと言っては言い過ぎでしょうか。
鉄道ファンが鉄道に惹かれるのは、何なんでしょうかね。あの重厚で機械機械した、それでいて落ち着く雰囲気。重要なのが非日常性。
自動車やバスに乗っても非日常性は感じんけど、鉄道に乗ると、ワクワクする。通勤電車とかだと、まったくの日常になるのでダメ。そして重要なのが適度なスピード感。
歌にありました。
畑も飛ぶ飛ぶ 家も飛ぶ 走れ 走れ 走れ 鉄橋だ 鉄橋だ 楽しいな~
これくらいのスピード感が、よろしい。海外から来た観光客が、日本の鉄道に乗って何にガッカリするかと言うて、新幹線の速さだそう。あれではゆっくり景色も楽しめない。速すぎて。
そんな意味で、この土佐くろしお鉄道は、とてもよろしい。乗ったこと、あります?
ほとんどが高架の上。素晴らしい太平洋の風景の眺めながらガタゴトガタゴト。これぞ非日常空間。電車ではなくて、汽車。ガソリンの匂いも重要な要素だ。
朝の通勤通学時間だけ、こうやって二両編成の汽車が走ります。
汽車で通学する人のことを、高知では汽車通(きしゃつう)と呼ぶ。中学高校時代、汽車通の友達が羨ましかった。あの頃、ごめんなはり線は無かったけど。