佐川、青源寺、教育〔5273〕2017/09/22
2017年9月22日(金)雨
今朝は佐川にきてます。
朝、会社に出勤した5時頃は雨も降ってなかったですが、その後降り始め、結構しっかり降り続いてます。今日が運動会、という学校も多かったみたいですが、残念ですね。これだけは、仕方がない。
で、佐川。仕事です。
佐川と言えば地質館があったりして、地学的には中々興味深い場所だ。ナウマンカルストもありますきんね。もちろん、エドムント・ナウマン博士にちなんだ名前。明治初期に、明治政府によって招聘されたお雇い外国人、ナウマン博士は、フォッサマグナを発見したり、ナウマン象に名を残すという有名人。その人物が、佐川を二度訪れ、「佐川は地質のメッカ」だと言うたとか言わんかったとか。
でも、今朝は地質の話ではありません。ご安心ください。今日の話はお寺さん。
早めに着いたので、青源寺さんの門と石段を撮影してきました。そう。青源寺。
土佐三名園のひとつが、青源寺の庭。今日は朝が早かったし、時間もなかったので観てませんが、禅寺らしい美しい庭なんだそう。今日みたいな雨に濡れたら、一層美しいんでありましょうな。
臨済宗妙心寺派、龍淵山青源寺。
ちなみに、土佐三名園は、以前にも書いたことあると思うけど、青源寺、乗台寺、そして竹林寺。竹林寺は五台山ですが、乗台寺もここ、佐川にあります。佐川の民度、文化度の高さが窺い知れます。
ここは、司牡丹さんの酒蔵が並ぶ街並から少し山手へ登ったところ。静かな山間。
そしてすぐ横には青山文庫。あおやまぶんこではないですよ。せいざんぶんこ。佐川出身の、宮内大臣とかを歴任した田中光顕による貴重な幕末資料のコレクションを中心に展示してある博物館。
青山文庫から山を上がっていくと、そこは牧野公園。桜の時期には花見客で賑わう牧野公園。司牡丹の竹村社長の招きで、一回、お花見に来たことがあるな。
と、まあ、田中光顕とか牧野富太郎とか、佐川は偉人を輩出してます。藩政期、佐川の領主は土佐藩筆頭家老深尾家。その家塾として、教育施設「名教館」ができたのは18世紀のこと。
やっぱし、教育だ。有為の人材を輩出しているのは、キチンとした教育施設があった地域ですもんね、ほとんど。
宿毛には日新館、田野には田野学館、そして佐川には名教館。
このような立派で美しいお寺さんがあるのも、深尾家のお陰。青源寺は、元々、1603年に深尾家の菩提寺として創建された訳ですから。色んな意味で、深尾家の果たした役割、大きいと思います。
教育と言いますと、社員教育。会社は、人で成り立っている。僕らのような者どもが社員の皆様を「教育」するというのは、おこがましい。でも、人材を人財として、一緒に、成長していかんといけません。
良い会社にしていくには、人が、良くなくてはならないし、皆が「良い会社にしよう」という思いを共有できなくてはなりません。
空気感を向上させ、一人一人が想いを持って勉強、努力し、成長していく風土をつくりあげていく。
そして、めざすは、皆の幸せ。
このお寺の創建にかかわった深尾の殿様も、佐川で暮らす人々の幸せを願い、教育施設を充実させていったのだと思いました。
僕らも、頑張ろう。