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柳原橋から沈下橋跡を見る〔512〕2004/09/09

柳原橋から沈下橋跡を見る

2004年9月9日(木)快晴!

台風18号は日本列島に深い爪痕を残して過ぎ去りました。皆様のところはいかがでしたでしょうか?自然の脅威を見せつけられましたね。しかし札幌で瞬間最大風速が50mを越えるとはすごいです。室戸岬並みですね。

さて、一昨日のにっこりで、高知市の広報誌「あかるいまち」に、「高知市歴史散歩」というコーナーがあることに触れました。で、今年の8月号には、「沈下橋第一号」というのが掲載されちょりました。

そう。このにっこりでひまわり太郎が何度もご紹介しました、現柳原橋の少し上流に在った日本第一号の沈下橋のことですね。

写真は、柳原橋の上から西を撮影したものです。手前の中州の少し向こうに、鏡川の両岸をつなぐように直線の浅瀬が写っちょりますね。これが「沈下橋」跡なんでございます。昭和52年7月に取り壊された際、その瓦礫が川底に残っちょりまして、今でも堤防から見ることができます。

大正末期から昭和初期に高知市の土木課長を務めた清水真澄さんと、発案者の土木技師吉岡吾一さんのコンビで作られた、日本最初の沈下橋でした。吉岡さんが、中国西湖の石橋が大水で時々水没するも、問題なく使用されゆうのにヒントを得て、出水の際には水没する橋を考えだしたのであります。これだと安く橋が架けられる!

で、県や内務省に掛け合いますがまったく相手にされない。それを、清水課長が何十回と粘り強く交渉し、その説得でやっと認められ、昭和2年の竣工を迎えたのです。昭和20年7月の高知市空襲でB29によって高知市が火の海になった際、この沈下橋を渡って筆山方面へ逃げて助かった市民も多かったとのこと。「命の橋」やったのであります。

交通事情が変わり、昭和52年に取り壊された沈下橋のことを記したものは一切ありません。川底に直線に残る瓦礫のみです。

なんか残しちょきたいところですね。


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