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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

嗚呼不朽、吉田東洋〔5037〕2017/01/29

嗚呼不朽、吉田東洋

2017年1月29日(日)薄曇り

うちの近所に、東九反田公園という公園があります。「憲政之祖国」と刻まれた巨大な碑が立つ、地元の皆さんに親しまれている公園。歴史的にも非常に重要な役割を果たしてきた場所。
余り知られてませんが、「嗚呼不朽」の碑というのも、建てられております。写真左端の四角い碑。
以前にもご紹介したことはありますが、今回は、そこに刻まれた文面を転載してみよう。

嗚呼不朽
維新ノ元勲板垣退助征韓論ニ敗レ 冠ヲ掛ケテ郷ニ退キ 同志ト共ニ立志社ヲ創メ 郷党子弟ヲ率イ憲政要望大運動ヲ起スヤ 四方響應勢燎原ノ火ノ如シ
明治廿二年欽定憲法発布セラレ 翌廿三年帝国議会開カルルニ及ビ 世人土佐ヲ以テ憲政ノ祖国と做ス 寔ニ至上ノ矜持ナラズヤ
我等同人相謀リ 地ヲ開成館趾ニ奠メ 當年潮江新田ニ在リ板垣先生ガ天下ノ志士ヲ引キ 談論風發シタル其舊館ヲ移築シテ 憲政館ト命名ス 且碑ヲ建テテ憲政祖国ノ名ヲ後世ニ傳ヘントス
此地 後藤象二郎先生ガ開国ノ主唱者吉田東洋先生ノ遺策ヲ紹キ開成館ヲ建設セル所 即チ字トナル館ハ明治四年板垣先生ガ西郷大久保木戸ノ三傑ト廢藩置縣御親兵献上等新政府強化ノ長策ヲ凝議セシ記念ノ殿堂ナリ
後憲政思想ノ學園立志學社トナリテ 盛ニ経國ノ士ヲ出シ 更ニ谷干城将軍総管ノ海南學校トナリ海陸ノ将星多々 斯ノ門ヨリ出ヅ
實ニ土佐精神集積鍛錬ノ聖地ナリ 仍テ茲ニ併記ス

昭和十七年二月十一日
大松倶楽部同人

こんな感じ。わかりやすい文章だ。
以前にも書きましたが、昭和16年建立の「憲政之祖国」碑と、この「嗚呼不朽」の碑建立には、水野吉太郎さんが深く関わってます。安重根の国性弁護人を務めた、矜持の人。
昭和17年という太平洋戦争のど真ん中、まだ、日本が勝ち進んでいた、そんな時期に、こんな文章の碑が建てられた、ということに驚きます。よほどの想いがあったのではないか。

ところで、この文面の中にも出てくる吉田東洋さん。
今朝の新聞に、吉田東洋の直筆の漢詩や手紙がでてきた、という記事が載ってました。すごい。安政地震の凄まじい状況を漢詩にしている。安政地震が起きたとき、東洋さんは長浜に居たのか。
東洋さんが、江戸、鍛冶橋藩邸で、山内家の一門、松下嘉兵衛が酔狂を始めたのに腹を立て、殴り、謹慎となる事件が発生したのは嘉永七年六月十日のこと。
で、謹慎となって土佐に帰り、城下四ヶ村禁足という処分をうける。で、朝倉に移り住んだあと、長浜、柁ヶ浦へ転居したのが十月五日。今の県営渡船が発着するあたりか。
安政南海地震は、その丁度一ヶ月後の十一月五日。
その被害は凄まじかったでしょう。

その地震を機にしたかどうかは知りませんが、少し西の鶴田に居を構え、翌年四月からそこに住んで、若者たちを指導する塾をすることになる。
その「少林塾」から、後藤象二郎や福岡孝弟、岩崎弥太郎などが育っていったのはご承知の通り。
そんな時代の、臨場感あふれた本人の手紙や漢詩がでてきた。すごい。


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