浜改田の土佐ジロー〔4553〕2015/10/03
2015年10月3日(土)晴れ!
良いお天気。昨日から、大切なお客様を高知にお迎えして、色んな生産者さんとかをご案内させて頂きよります。あらためて、高知の生産者さん、興味深い方々が多いことに気づかされる2日間。いや、ホント、面白い。
今日は、南国市浜改田の、土佐ジローの生産者、嶋崎さんちにお寄りしちょりました。土佐ジロー。この養鶏場を経営する嶋崎博子さんは、これまたすごい。何がすごい、と申しまして、鶏に対する愛情が、すごい。見学の間中、溢れ出る想い、愛情。生き物相手の生産者さんというのは、こんな想いが一番重要なのかも知れません。
高知県は地鶏王国。日本鶏の主たる品種は34種類で、そのうち8種類が高知原産なんだそうだ。
尾長鶏、土佐地鶏、東天紅、蓑曳矮鶏、鶉矮鶏、小軍鶏、宮地鶏、土佐九斤。なるほど。
尾長鶏や東天紅とかは知っちょります。土佐九斤は、土佐はちきん地鶏のお祖父ちゃんですな。
で、土佐ジローは、この中の土佐地鶏とロードアイランドレッドのF1。一代雑種。
嶋崎さんちに、その詳しい説明を書いた説明板が掲げられちょります。それによりますれば。
高知県が、上記8種類の鶏の中から肉、卵ともに美味しく古くから一番愛されてきた「土佐地鶏」を選び、褐色卵の卵肉兼用種を掛け合わせて美味しいブランド鶏を開発しようと始めたのが昭和54年。小生が高校生の頃だ。
で、「ロードアイランドレッド」「横斑プリマスロック」「ニューハンプシャー」でテストしてみたところ、「ロードアイランドレッド」が一番良かった、ということで、掛け合わせ相手はそれに決まったそうです。
土佐地鶏の「トサジ」とロードアイランドレッドの「ロー」で、「土佐ジロー」。なかなか良いネイミングですな。名前が決まったのは昭和60年。小生が働き始めた年だ。
で、昭和63年に農家への普及が開始、色んな経緯があって、今に至っちゅう「土佐ジロー」。
卵は小ぶり。黄身の比率が普通の卵より多く、こく味のある美味しい卵。その卵を生産されゆう農家さんは100軒くらいあるにかありませんが、そこそこの規模(1000羽以上規模)でやりゆうのは、そんなに無いとのことです。安芸の奥、畑山の小松さんと、南国、浜改田の嶋崎さんが、有名。
嶋崎さんは、案内しながら、その想いを語り続ける。
土佐ジロー開発の経緯よりも、嶋崎さんの、人間としてのヒストリーの方が興味深かったりします。元美容師さんの、嶋崎さん。
人生、様々なことがあり、紆余曲折があって、土佐ジロー農家になろう、と決めたのが今から10年ほど前。養鶏はズブの素人。たまるか言うばあの試行錯誤を繰り返し、今では想い溢れる土佐ジロー生産の第一人者になりました。
鶏舎は実に明るくキレイ。美容師としての感性が、そんな鶏舎をつくったと言います。で、「元美容師」とお客さんに説明しよったら、ご本人から「今も美容師やりゆうよ」という訂正が入りました。以前のお客さんで、8名くらいの方は、今でも嶋崎さんに髪をやってもらいに来るそうです。わざわざ、県外からやって来る方もいらっしゃるとか。美容師さんとしての腕前がしのばれる。
高知には、実に、想い溢れる生産者さんが多い。昨日ご案内した潮江の農家さんも、想いを語り始めると止まらない。そんな生産者さんに触れると、いつも勇気をもらいます。
鶏は、人を見るそうです。愛情ややさしさの無い人に接すると、態度を変えるので、すぐわかるとか。嶋崎さんちの土佐ジローは、実に、よろしい雰囲気をたたえ、よろしい顔をしている。愛情が注がれていることは、一目瞭然でした。