あかおか駅から三嶺、白髪山〔4295〕2015/01/18
2015年1月18日(日)良いお天気
空気が澄んで、良いお天気の日曜日。今日は高知へモンちょります。で、色々と雑用も溜まっちゅうので、こんなにお天気が良いのに山へ行けず、会社でロイロイしゆうところです。
ああ。山へ行きたい。
そんな思いが強いので、今朝はこんな写真を撮影してきました。たぶん三嶺。
一昨日、白髪山の写真をご紹介しました。旧物部村の、三嶺の隣の白髪山。白髪山は、南国市の平野からあのように眺められるのですが、一番好きな三嶺は、御在所山に隠れて見えません。ので、今朝、白髪山から三嶺まで一望にできるポイントがあるのではないか、と、車ではありますが、調べてきました。
香南市吉川の海岸へ出て、堤防の上を赤岡方面へ走っておりますと、見えてきました、白髪山。三宝山に繋がる連山の主峰、秋葉山の右手。連山と連山の隙間。しばらく東進すると、見えてきました見えてきました。カヤハゲ、そして三嶺。雪を冠って美しく、標高1893mの三嶺が姿を現しました。いや、確証はありませんが、たぶん三嶺。白髪山と三嶺の間に見えるピークがたぶんカヤハゲ。
鹿害が深刻なカヤハゲも雪を冠ってはっきりと見えます。うろつく鹿が見えるのではないか、というくらいクッキリ。冬の空気は澄み切って、全部がキレイに見えます。こんなに見える機会もそうないのではないか、というくらい。
で、ひょっとしたら、と、土佐くろしお鉄道の高架のあかおか駅へ上がってみますと、見えました。ホームの上からクッキリと。
この写真は、あかおか駅の下り線ホームから撮影したもの。こっから見えるのか。
三嶺。
高知県側から登ると、普通は登山口から4時間くらいかかる深山。途中、人の手が入ってない原生林の森が続く、素晴らしい大自然の山。高知県の登山者は、もう、今ではほとんどが「さんれい」と呼びます。しかし徳島県側の方々は、「みうね」と呼ぶことが多いという三嶺。
で、手元の昭和51年に高知新聞社が発行した「高知県百科事典」を見てみますれば、、「みむね」とありました。物部村久保村付近の古老は「みうね」「みむね」という、と書かれちょります。久保と言えば、登山口へ上がっていく道路沿いにある集落。そこの人々が「みむね」と呼びよったのなら、やはり「みむね」と呼ぶがが正しいような気もします。
しかし、あの偉大なる山容、大自然には「さんれい「という音の響きが似合う気もします。なので、あの大自然の中を歩いて登る高知県人は、敬意を込めて「さんれい」と呼ぶようになってきたのではないでしょうか。
その「高知県百科事典」の「三嶺(みむね)」項には、南東の山、白髪山に「しれげ」というルビを振っちょああります。しれげやま。「しらがやま」ではなくて「しれげやま」が地元での呼び方やったのでしょうか。謎は深まります。
あの三嶺で、昭和36年のお正月、高知商業高校の学生3人が遭難し、全員死亡した話は、以前にも書きました。それまで、高知県では、冬山で遭難というのは他人事のように思われておりましたが、その遭難事件から、南国土佐でも冬山遭難は例外ではない、というふうに認識されるようになったと言います。
装備、計画、技術、判断。キチンと訓練を積み、臨まんといかん冬山は、四国にもたくさんあるのであります。
ああ。山へ行きたい。