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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

消滅した香美郡と行財政改革〔4164〕2014/09/09

消滅した香美郡と行財政改革

2014年9月9日(火)快晴!

このにっこりひまわりの、お天気を書くところに「快晴!」と書いたのは、いつ以来でしょうか。と、思うて調べてみたら、今年5月16日以来でした。いくらなんでも、その後、何度か快晴のお天気はあったでしょうが、例年よりはこじゃんと少なかったことは間違いない。
昨夜は寒いくらい涼しく、そして今朝は、雲一つないお天気。これほど雲が無い空、最近見たことありません。日中の気温は上がりそうですが、朝は涼しい風が吹く、見事な秋晴れ。鈴虫の音が耳に心地良い朝。

ここは、南国バイパスの、コンビニとガソリンスタンド、大きな家具屋さんのある交差点。コンビニの駐車場から東の空を撮影してみました。三宝連山の向こうからお日様。
かつて。
丁度、この場所から東が香美郡で、こっから西が長岡郡でした。郡境がこの界隈。この田んぼの風景、今は南国市ですが、それ以前は香美郡でありました。物部川のこちら側は、今は南国市。
物部川のこちら側でも、岩村、前浜村、田村、立田村、三島村は香美郡でした。こないだも書いたように、田村、立田村、三島村が合併して日章村になったのが昭和17年。その際、物部川東岸の上岡が野市に編入された訳です。
昭和31年に、この風景の日章村は大篠村、三和村、稲生村、十市村、前浜村と合併して香長村になっちょりますが、その際の香長村は長岡郡やったでしょうか。ここで、香美郡ではなくなりました。そして昭和34年、香長村は合併で南国市に。

香美郡。
色々と文献を当たりますと、香美郡という郡の名前が成立したのは、どうやら8世紀の後半くらいにかありません。平安時代が始まる頃。安芸郡から分かれて成立、という説もあります。
その名前の由来は諸説あるようですけんど、今の物部川が鏡川と呼ばれておったことに関連するのは間違いないようです。で、香美郡はかがみぐんであった訳だ。
8世紀末頃に成立し、爾来1200有余年、存立し続けてきた香美郡は、2006年3月1日、例の平成の大合併で、姿を消すこととなりました。
土佐山田町、香北町、物部村は香美市に。野市町、赤岡町、吉川村、香我美町、夜須町は香南市に。ああ。1200年続いた香美郡は、ここに、地上から姿を消したのでありました。

この写真に写っちゅう風景は、かつて、全部香美郡でした。今は香美市と香南市。三宝連山は香南市から香美市にかけて聳えております。
しかしあれですね、いくら人口的要件を満たしちゅうとは言え、三嶺も香美市、と言われたちピンときません。物部村の奥の、いざなぎ流の里も、今は香美市。いざなぎ流の太夫さんも、香美市民。

行財政改革による、平成の大合併については、そろそろ検証を始める必要があるでしょう。それによってどれだけの経済効果があり、どれだけの社会的、文化的、そして最終的に経済的なデメリットを日本の国土にもたらしたのか。
それを検証する作業なしに、次のステージに進むことは許されません。
香美郡が消滅したのは、単なる名称の問題であるかも知れません。しかし、そこには、これからの日本の国土を考える、重要な問題が含まれちゅうと思うのであります。
美しいこの風景。そんなことを考えさせられる風景。


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