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ああ、夏空〔4151〕2014/08/27

ああ、夏空

2014年8月27日(水)夏空

ああ、夏空。
昨夜は雲も少なく、明け方には爽やかな風。昨日の高知市は35℃を超えたようで、やっと夏が訪れた感があります。確かに潮目が変わりました。
今回、気候の潮目が変わった瞬間がハッキリと体感できちょります。それは、こないだ8月23日の土曜日午前中でした。朝のうち、小雨。で、南嶺へ走りに出かけた訳ですが、筆山から高見山、土佐塾高校の北中山を過ぎて、鷲尾山の斜面に取り付いて駆け上がりゆう時。その時、樹々の間からお日様が差し込んできました。その瞬間、なんとなく、「潮目が変わった」と感じました。ひょっとしたらこの瞬間から夏に向かうのではないか。
その感覚は、概ね当たりました。このお天気がこのまま続くことを願うばかりです。

ここは野市、三宝山の龍河洞スカイライン。香長平野の夏を撮影してきました。右から左へ物部川が流れ、正面には鉢伏山や南嶺の山々。右端に高天原山。

何度も書いてきましたが、太古の昔、つまり人類がここに住み着く以前、古物部川は、あの、高天原山の左側を向こうへと流れ、古浦戸湾に流れ込んでおったにかありません。
小生は、以前、この三宝山から、向こうの鉢伏山まで、山が連なっちょったと妄想しました。同じ地層帯があの向こうの山々につながっちゅうのは、物部川大橋のしゅっと南の、川を横断する石灰岩の露出で明らか。あの上岡山は、その連山の名残りなのか。
物部川の本流は向こうへ、つまり西へと流れ出ていた時代、伏流水が連山の下を流れ、徐々に連山を浸食し、そして連山は消えて上岡山だけとなり、物部川本流がまっすぐ南下して太平洋に流れ出るようになった、という妄想。この風景を眺めるにつけ、そんな太古の景色が頭にこびりついて離れんなるのでありますね。夏空の下の香長平野。

鉢伏山と介良富士のところに、潮見台の団地が見えます。その向こうが高知の市街地。
ここからは見えませんが、鉢伏山の向こうには五台山。その五台山に、伊達兵部さんの墓所があるのはご承知の通り。このにっこりでも何度もご紹介してきました。藩政期前期の仙台藩に激震を走らせ、小説「樅の木は残った」にも書かれた「伊達騒動」の主役の一人で、伊達政宗の十男、伊達兵部宗勝さんの墓。

伊達騒動のクライマックスは酒井雅楽頭屋敷での刃傷事件。伊達兵部さんは、事件後、責任を問われ、土佐藩主山内豊昌預かりとなって土佐へ。8年間、土佐で安泰に暮らした伊達兵部さんは延宝七年(1679年)に亡くなり、五台山に葬られた、という話。

でですね、昨夜。
高知の在来品種の野菜の種を保存し、研究されておられる方と、お会いしておりました。60種というすごい種類の、古くからの在来種野菜を保存、伝えていっておられるという凄い方。で、何とですね、伊達兵部さんが土佐にやって来る際に、東北から持ってきて栽培させ、食べたという蕎麦の種がある、ということなんですね。昨夜は、その、伊達兵部さんゆかりの蕎麦を栽培して粉に挽き、打ってつくったというお蕎麦を食べながら、貴重な貴重な在来種の話を聞いておりました。
在来種のなかにはホントにおいしいものもあるそうで、これを何とかモノにして伝えていくようにしたいもんです。いや、伊達そば、おいしかったです。独特の香り。

伊達騒動では、主役の一人、仙台藩重臣の柴田外記さんも酒井雅楽頭屋敷の乱闘で亡くなっちょりますが、彼が長宗我部元親の実の孫である、ということで、小生は以前、宮城県柴田町にある柴田外記さんの供養塔までお参りに行ったこともあるのであります。なので、小生にとって、伊達騒動、伊達兵部さんは身近な存在。その方が東北から持ち込んだという蕎麦を、三百数十年という時空を超えで食すという不思議。


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