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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

お地蔵さん〔4040〕2014/05/08

お地蔵さん

2014年5月8日(木)良いお天気

心地良い朝。日差しは、ぼちぼち夏めいてきた高知県地方。ここは南国市前浜。
会社からまっすぐ南へ走りますと、空港の東を抜けて海岸へ。その海岸の、三里方面へとつながる広い県道14号線は、通称黒潮ラインと呼ばれます。その、結構交通量の多い道路は、海岸の砂丘の北側を流れる後川に沿うちょります。

後川は、十市北側の琴平山を源流として東流し、物部川河口へと流れ出る川。前浜や浜改田の集落は、海岸の砂丘の上に形成されちゅうので、集落の後ろっかわ、ということで後川ながでしょうか。つまり、集落から見ると、海の方が前で平野の方が後ろ。漁業が中心であったことを窺わせます。

その後川に、黒潮ラインの境目橋という橋のところで、北側から川が流れ込んできちょります。秋田川。これは、物部川の伏流水が湧き出たものでしょうか。昔の物部川の河道の名残とも言えます。秋田川。
その秋田川は、元々は、現在の流路よりも300mほど東を流れておったそうです。昭和16年まで。その、旧秋田川が後川に合流しよった地点の県道沿いに、お地蔵さん。黒潮ラインからも、気を付けて見たら見えます。一本の涼しげな樹の下に、傘をかぶったお地蔵さん。なんとも言えない風情ですな。そのお地蔵さんの横に、その由来を刻んだ石が立てられちょります。転載しましょう。

旧秋田川之碑
此処は昭和十六年軍用空港を建設するために西方四百米に流れを移動させた旧秋田川の末流地であります。
この地より上流約千五百米の岸辺に座して地域の人々に信仰されていたお地蔵さんを、浜辺の仮座所よりこの川畔に復し、建座された郷土の先人の遺志を後世に伝えるため石に誌す。

祈念 交通安全 地域安泰 家内安全
平成十六年五月
農事組合法人 秋田川農事組合

以上転載。そう。このお地蔵さんは、昭和16年までは、この北方1500mくらいの秋田川畔に鎮座しちょった訳です。台座を見ると、慶応寅年と書いちゃあるので慶応2年(1866年)。幕末も押し迫った時期。この浜辺には砲台が設置され、維新の志士が走り回りよった頃。地元の、秋田川の水に恩恵を受けよった農家の人々によって建てられたのでありましょう。
海軍の飛行場が建設されるに際し、流路を西に付け替えられた秋田川。それまでは、現在の空港ビルの辺りから南へと流れよった秋田川。
お地蔵さんは、一度、海岸に遷されちょったみたいですね、この文章では。で、平成16年、今一度旧秋田川の河口部に鎮座された、という訳です。

空港の南側には、実は、祠やお地蔵さん、神社が結構多いがをご存知でしょうか。元々、そこに鎮座ましましちょった場合もあるし、空港建設によって遷座を余儀なくされたケースも多いにかありません。

ここから東へ行くと、久枝の、白菊部隊の碑があるところの道路の南側にも、垣根に隠れてお地蔵さん。古い古いお地蔵さん。
太平洋戦争の頃、海軍が飛行場を建設するまで、空港の滑走路の地点にあった標高28.2mの山がありました。津波や洪水から、多くの地元の人たちを救うた命山。その麓に、宝永南海地震津波で流されるまで、地蔵菩薩をご本尊とする福楽寺というお寺さんがあったとか。流された後、宮ノ前に遷座しちょったものの、明治の廃仏毀釈で廃されました。
そのお地蔵さんは、命山へ逃げて助かった人々のかわりに、流されてくれたのかも知れません。道路脇のお地蔵さんは、そのお寺さんと関係あるのでしょうか、ないのでしょうか。

衆生の苦しみを救うてくれるお地蔵さん。
この場所には、今は、農業用水が流れ、その畔にお地蔵さん。農業用水は、秋田川と同じ水系から引かれちゅうもの。ぜんぶ、物部川の恵み。その水に感謝し、尊崇する気持ちは、今も受け継がれております。お地蔵さんには、キチンとお供えがなされ、傘もかぶせてもらい、木陰で心地良さそうに水路を眺めるお地蔵さん。絵画のような風景が、心を和ませてくれますな。


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