時刻表に文化を見る〔3921〕2014/01/09
2014年1月9日(木)晴れ
お正月、実家で本棚を物色して発見しました。1981年12月号の、ポケット時刻表。国鉄の時刻表。交通公社が発行。かと思うて良く見たら、今、違う事を発見しました。交通公社ではなくて交通案内社発行になっちょりました。何だそれは。280円。
1981年と言えば昭和56年。その12月は、小生、大学2年生で、東京に住みよりました。そんな当時の時刻表が今も自宅の本棚に残っちょったとは。ちょっと感動しました。
東京駅を23:30発の大垣行きに乗り、普通列車を乗り継いで高知へモンて来た際に購入したものと思われます。自分で言うのも何ですが、鉄道、好きでした。当時は国鉄。しかし、色んな路線に乗れる訳でもなかったので、必然的に時刻表を眺めて色んなルートを構築し、旅をした気分に浸るという、いわゆる「時刻表ファン」。時刻表さえあれば、何時間でも過ごす事ができた小中学生時代。ノートには、架空の列車旅のプランがぎっしりと書き込まれちょった小学生時代。懐かしゅうございます。
このページは、土讃線。当時は土讃本線と言いよりました。窪川から中村が中村線。もちろん、瀬戸大橋の無い時代ですき、高松から宇高連絡船で宇野に渡り、宇野線で岡山へ、岡山で新幹線に乗り換えておった時代です。
小学生の頃、山陽新幹線が開通する前は、宇野から急行鷲羽に乗って大阪へと向かいよりました。
さて。
この土讃本線の時刻表。朝一番の急行土佐1号が高知駅を発車するのが5:46。高松着が9:06で、高松港を9:25に出航した宇高連絡船が宇野に着くのが10:22。
宇野線のページに移動して、続きを見ると、宇野駅10:31の快速に乗ると岡山駅に11:06着。高知から岡山までが5時間20分。
しかし当時、特急南風も走り始めちょりました。四国初の特急、南風。高松行きは1日3本。高松行きの急行あしずりと急行土佐は、合わせて7本。特急は貴重でした。
9:25高知駅発の特急南風2号に乗ると、高松駅着が12:03。12:25発の宇高連絡船で13:22宇野着。13:30宇野発の快速で岡山駅に14:06着。4時間41分。これは速い。さすが特急、という感じでした。
ちなみに今は、高知駅8:01発の特急南風に乗れば岡山に10:33着。2時間32分か。まあ、ざっと半分の時間になったという訳ですな。
この時刻表を見ると、当時の特急南風停車駅は高知、後免、土佐山田、阿波池田、琴平、多度津、高松。丸亀にも坂出にも善通寺にも、もちろん大歩危にも停まりません。急行と特急のさびわけがキチンとできちょった時代の時刻表。
興味深いのは深夜。
上野発のブルートレインで、東北本線は、あけぼの1号(青森)、はくつる(青森)、あけぼの3号(秋田)、北星(盛岡)。上野発の常磐線は、ゆうづる1号(青森)ゆうづる3号(青森)、ゆうづる5号(青森)、ゆうづる7号(青森)、ゆうづる9号(青森)、ゆうづる11号(青森)、ゆうづる13号(青森)。
合計で11本のブルートレイン。この他に寝台でない、いわゆる「上野発の夜行列車」がどっさりありました。
東北新幹線などが開通し、この、上野青森間のあけぼのを除いて、他のすべてのブルートレインは、今はもうありません。
新幹線のせいかと言えば、それだけでも無いようです。
例えば山陽本線の、岡山からの上りの深夜を見てみましょう。当時は、既に山陽新幹線は開業しちょりました。しかし深夜は軒並みブルートレイン。寝台列車のラッシュアワー。瀬戸、あさかぜ2号、あさかぜ4号、富士、はやぶさ、みずほ、金星、さくら、明星2号、明星4号、あかつき2号、彗星2号、あかつき4号、明星6号、彗星4号、なは。16本ものブルートレインが岡山駅を通っていきよりました。
寝台列車で移動する、というゆったりした時間を過ごす、そんな優雅な文化が失われた、ということかも知れません。夜行の長距離バスは、安いので、今は結構人気があります。しかし寝台列車はそこそこお値段もするので、使われんなったがかも知れません。
臨時列車で特別仕立てのやつには興味ありません。定期便の普通の寝台列車ということで言えば、上に書いた「あけぼの」と、上野札幌間の「北斗星」しか今は残っちょりません。
「あけぼの」も、この春に廃止される、と聞きました。
優雅と言えば、食堂車。食堂車のマークを時刻表で見ると、お腹が鳴ります。列車の食堂車で食べる食事。ああ、懐かしい。映画のようでした。
新幹線にも食堂車があったのは、ついこないだまでのようです。例えば、岡山から新大阪までだけ新幹線に乗る際など、そのまま食堂車に乗り込み、食事を済ませたら新大阪、てな乗り方もしよりました。
カシオペアとか七つ星とか、イベント系の列車は、大人気のようです。時折運行されるSLとかも。しかし、それは文化ではありません。生活の匂いがしませんき。
古い時刻表を眺めると、そこには、失われてしもうた「文化」が見えてきます。