出雲大社、荒神谷遺跡、シマヘビ〔3713〕2013/06/15
2013年6月15日(土)雨のち曇りのち晴れ
今日は山陰。朝、会社で用事を済ませてから、車でやって来ました。夕刻、米子で用事があるのでありますが、ちくと早めに着いたので、やって来ました。出雲大社さん。
今、調べてみて気付きました。出雲大社さんを、このにっこりひまわりでご紹介するがは始めてにかありません。10年以上もやってきて。その間、出雲大社さんには、2度くらいはお参りにきちょりますが、にっこりひまわりでは紹介しちょらんがですね。意外でした。
ご承知の通り、本年は、伊勢神宮が20年に一度の式年遷宮で、出雲大社さんも、60年に一度と言われる遷宮が行われる年。そんな訳で、出雲さん、ものすごい参拝客さんでした。
もちろん御祭神は大国主神。伊勢神宮が、天照大神を祀るアマツカミであるのと対照的に、クニツカミを祀る神社としては日本でも最古最高のお宮さん。なんとなく、イメージとして、政治的色彩の強い国家神道の元締、伊勢神宮に対して、もっと本来のアミニズム的信仰に基づいた自然信仰の匂いが強い出雲大社さん。神社周辺の森が醸し出す雰囲気は、どちらも幽玄ですごいですが、出雲さんはまた格別ですな。
遷宮があったということで、今年の4月から6月という短い期間だけ、本殿を直接参拝できる場所まで入ることができるのであります。知りませんでしたが、貴重な機会を活かすことができました。
いや、今日、車で来るのに、楽な格好と思いまして、途中、この写真の姿に着替ええました。実は、ランニング用のTシャツと短パンに着替えろうかどうしょうか、と迷うて、やっぱし偉大な神様に前にTシャツ短パンで出るのは失礼かな、と考えて、この格好。正解。
その、今だけ入れて普段は入れんエリア内へは、短パン、袖のないシャツなどでは入場禁止。写真撮影、携帯電話の使用も不可。神聖な場所ですきんね。で、ちゃんと、その内側に入って参拝してきました。
しかし写真撮影は禁止やったので、そこから出てきて、横に回り込んで撮影したががこの写真。奥に見えるのが、1744年に建て替えられた本殿。国宝。背後の、霧がかかった幽玄な山々に映えて美しい、巨大な拝殿でした。
せっかく出雲まで行ったので、その後、荒神谷遺跡にも立ち寄ってきました。これは、2010年4月24日のにっこりでご紹介しちょります。358本というすさまじい数の銅剣と、銅鐸、銅矛が出土した、すごい遺跡。小生、たぶん、日本の数ある古代遺跡の中で、ここが一番好き。その謎、ロマン、雰囲気。広域農道工事の際の事前調査で偶然みつかった遺跡は、古代への妄想をかきたててくれます。
出雲大社からは17kmくらい。夥しい銅剣が埋設されたがは1世紀頃。出雲大社さんは、古事記日本書紀に登場する古い神社。双方の時代には、かなりの隔たりがあるとは言え、太古、ここに有力な勢力があり、日本の国家成立の頃まで、非常に重要な役割を果たしてきた地域である、ということが、よくわかりますです。出雲はすごい。
出雲大社さん、今日は土曜日ということもあって、ホントにすごい人出でした。もう、全国からの参拝客。日本人、宗教心が篤いようには思えませんが、神社には集まってきますねえ。
弥生期の極めて特徴的なすごい遺跡、荒神谷遺跡は、数組の子連れ客。静かな弥生の谷。駐車場に十数台停まっちょった車のナンバープレートは、小生の高知ナンバーと、1台、岡山ナンバーがあった以外は全部島根ナンバー。ヂモティー。全国的には、こういった遺跡は、それほど知名度がないのでしょうか。
まあ、静かに、弥生を体感できたき良かったですが。
荒神谷の名前の元になった、荒神さまは、谷の上に、実に神秘的に鎮座。静かにお参りして、古代米を育てゆう田んぼ脇を歩いて帰りよったら、大きな大きなシマヘビ。出雲大社の巨大なしめ縄がそうであるように、古い信仰、習俗には、蛇への信仰がかなり強く影響しちょります。出雲、荒神谷の古代米の田んぼで遭遇した大きなシマヘビ。神様かも知れません。