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河田小龍さん、先人の知恵と努力と将来展望〔3519〕2012/12/03

河田小龍さん、先人の知恵と努力と将来展望

2012年12月3日(月)晴れ!

昨夜遅く、高知へモンてきました。途中、淡路島のサービスエリアで食べたタマネギラーメン、意外とイケましたです。タマネギ、ああやって食べると甘味を感じ、シャキシャキ感が心地良い。淡路島でタマネギ。名物にうまいものあり、でした。

さて、昨日、京都、南禅寺境内にある琵琶湖疎水、水路閣をご紹介しました。日本で初めて、水力発電を行った本格的疎水。あれをご紹介したら、絶対にご紹介せんといかん高知の産業遺産があります。今でも使われゆうので遺産ではないですけんど、あの疎水と同じく明治期につくられた施設。先人の知恵と努力の結晶。本日は、取材に行ってくる時間がなかったので、また改めてご紹介しますね。乞うご期待!

と、いう訳で、今朝は、別の、先人の知恵と努力による水利施設をご紹介しましょう。堀川。
高知の城下を流れる堀川は、藩政期初期、城下町と海をつなぐ交通、物流の大動脈として開削されました。読んで字のごとく、堀詰でお城に直結。現在のかるぽーと界隈にはたくさんの蔵が建てられ、雑喉場ができ、高知の城下の表玄関。

歌に名高いはりまや橋の下を流れよった堀川も、昭和30年代の江ノ口川のとてつもない汚染、高知パルプの排水による、西日本一と言われた汚染の影響を受けた臭いドブ川になり、40年代になって、堀詰から九反田までの間が埋め立てられたがはご承知の通り。

今は、そんなイメージを持っちゅう方も少ないと思いますが、藩政期、高知の城下は、日本でも有数の水の都。城下に入り組んだ水路を舟が行き来し、ヒトやモノが流れる血管となっちょりました。

ヴェネチアも柳川もそうですが、水の都市は、実に美しい。その水路、堀川を利用した街づくりは、こじゃんと魅力的で、たくさんの観光客を招き寄せます。なにより、そんな水辺で暮らすことの素晴らしさ。

ここは、はりまや橋交差点の東。近年十数億円かけてつくられた「バス降り場」。ホントは、かるぽーと地区とはりまや橋地区をつなぐ回廊のような施設とともにバスターミナルができる予定やったのが、こんなになってしまいました。いわゆる「専門家」による様々な予測がいつものように見事にハズれ、こんなになってしもうた、という代物。
ここは、昭和40年代まで堀川が流れた場所。この写真と撮った場所は堀川に架かる土佐橋で、その近くに、幕末から明治にかけて、龍馬などの維新の志士にも多大な影響を与えた画家にして知識人、河田小龍さんの生誕地。

堀川の畔の河田教室にはたくさんの門人が通いました。海援隊の知恵者、船中八策を文章に纏めたと言われる長岡謙吉さんは、このしゅっと南の生まれで小龍門下生。安政地震で家が被害を受けた小龍さんを、自分の優秀な甥の師匠にしようと思い立って甥の家の近所に仮寓させたのは、俊才、近藤長次郎のおじさん。
小さい頃から絵が巧く、はるばる、野市から絵を習いに来よったのは新宮馬之助で、その、絵以外の才能を見込まれ、龍馬に紹介されて海援隊士に。

遠い将来を見据え、考え、想像し、知恵を使い、努力すること。小龍さんは、一介の絵師でありながら、そんなことを土佐の若者に教えていった訳です。
その聖地の横にはもう水も流れない、バスに乗ることもできないバス降り場」。


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