1本からお届けします!お電話でのご注文・お問い合わせ

フリーダイヤル:0120-77-6245

今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

真夏の浦戸渓谷〔3392〕2012/07/29

真夏の浦戸渓谷

2012年7月29日(日)良いお天気

昨日の三嶺、登山らしい登山で、こじゃんと良かったです。心地よい疲労感の中、昨夜はグッスリ眠れました。
ヒカリ石の登山口に停まっちょった車は10台くらい。スタートした際には、2人連れの若い衆一組が先に出発、その後をおんちゃん一人が出発し、ちょっと間を置いて我々。先の2組は、さおりヶ原ルートではない、直進ルートを登っていきよりました。
途中、さおりヶ原でおんちゃん一人を追い越し、さらにカヤハゲ直前で、おんちゃん一人と擦れ違い。どっかで見た事のあるおんちゃん。知人でした。しょっちゅう、カヤハゲに、野鳥を観に来るがやそうです。そう言えば胸に双眼鏡をぶら下げちょりました。エイ趣味しちょります。

三嶺頂上から西熊山へ縦走しよりましたら、男女3人の登山者とすれ違い。名前を呼ばれたので、見てみますと、これも香美市の知人でございました。
お亀岩から下山中には、避難小屋で一人、もうちょっと一人、全部、おんちゃん一人の登山者でした。
こんな山中でも結構知人に逢うたりするがですね。面白うございます。高知は狭い。

さて、最初に遭遇したバードウォッチングのおんちゃんは、浦戸湾を守る会の事務局長のTさん。高知パルプ生コン事件で有名な、浦戸湾水系の自然環境を守るために邁進する、由緒ある浦戸湾を守る会は、その志を、今も継承していっておるのであります。生コン事件から40年の記念シンポジウムには、ひまわり太郎もパネラーとして参加させて頂きました。

で、今朝は浦戸湾を撮影してみることにしたのであります。

宇津野トンネルの東側に四角く突き出した半島が西孕。その半島に、短いが存在感のある素敵な隧道があります。その隧道の西の堤防上から撮影してみました。
右手に玉島が浮かび、左手に仁井田の造船所。その間、正面が浦戸の漁港。
左手前、海岸に立つ、碑のようなオブジェ。これは何かご存知でしょうか?

そう。昔、一度、このにっこりでもご紹介したことがあります。高知で最初の飛行場の痕跡なのであります。
昭和8年、高知新聞社は、全国の新聞社にさきがけて航空部を設立、海軍から2機の飛行機を購入したのでありました。もちろん飛行場はありません。
その飛行機は、いわゆる水上飛行機。水上を走って離陸着陸するスタイル。その水上飛行機の飛行場として設定されたのが、この浦戸湾でした。

この右手に格納庫と事務所がつくられ、飛行機は、その標柱の所に鎖で繋ぎ止められちょったと思われます。そして、障害物のない、浦戸漁港方面に向かって水上を離陸していったのでありました。
新聞社の飛行機だけではなく、高知と大阪を結ぶ旅客飛行機もここを発着されたということ。海軍が今の高知空港の場所に飛行場をつくるまで、まさしくこの風景が、高知空港やった訳です。海の港と空の港は一緒でした。

こないだ、地震防災研究の第一人者、高知大学のO特認教授にご教示頂いた話に、浦戸大橋は、砂の地盤の上に置いただけの橋である、というのがありました。そう。この浦戸湾は、四国山地から流れ出て来る川がつくった渓谷でありました。今から200m以上、海面が低かった時代。その後海水面が上昇し、土砂が堆積してできあがったのが今の浦戸湾の海底。すなわち、岩盤は、200m以上下までない、という地盤。そこに橋を構築するにあたって、岩盤に基礎を打ち込むには200m以上掘らんといかんかった訳です。当然無理で、仕方ないのでケーソンを横倒しに置いて、その上に橋をつくったということにかありません。
横からの強烈な力が加わった場合、横倒しになる危険性がある、という浦戸大橋。それは、この美しい浦戸湾が渓谷であったことに由来します。


←前日の日記2012年07月の日記翌日の日記→

HOME今日のにっこりひまわり

日記検索

年月別過去ログ

年のクリックで月を表示・非表示します。月をクリックすると記事一覧を表示します。

2026年

2025年

2024年

2023年

2022年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年

2004年

2003年

サイトマップ

facebook  instagram  x