高知城、常山木、寅彦さんの文章〔3196〕2012/01/15
2012年1月15日(日)曇って寒いです
今日は曇り。寒い日曜日。ここは、高知城の西側、城山の麓の小径。右手は営林局の駐車場。向こうに見える建物は、最近できた裁判所。
あの突き当たりを左に折れ、ちょっと行くと、お堀のどん詰まりがあります。そこを左手に上がっていくと、動物園があった場所。わかりますでしょうか。
この小径の部分は、昔、お堀でした。寺田寅彦さんの文章を読みよりましたら、ここのことを美しゅうに書いたところがありましたので、ご紹介しましょう。昆虫が大好きやった寅彦少年が、この高知城の山をたつくって昆虫採集しよった、ある夏の日のこと。
いつか城山のずっとすそのお堀に臨んだ暗い茂みにはいったら、一株の大きな常山木があって桃色がかった花がこずえを一面におおうていた。散った花は風にふかれて、みぎわに朽ち沈んだ泥船に美しく散らばっていた。この木の幹はところどころ虫の食い入った穴があって、穴の口には細かい木くずが虫の糞と共にこぼれかかって一種の臭気が鼻を襲うた。木の幹の高い所に、大きなみごとなかぶと虫がいかめしい角を立てて止まっているのを見つけたときはうれしかった。自分の標本箱にはまだかぶと虫のよいのがひとつもなかったので、胸をとどろかして網を上げた。少し網が届きかねたがようよう首尾よく捕れたので、腰につけていた虫かごに急いで入れて、包みきれぬ喜びをいだいて森を出た。三の丸の石段の下まで来ると、向こうから美しい蝙蝠傘をさした女が子供の手を引いて木陰を伝い伝い来るのに会うた。町の良い家の妻女であったろう。傘を持った手に薬びんをさげて片手は子供の手を引いて来る。子供は大きな新しい麦藁帽の紐をかわいいあごにかけてまっ白な洋服のようなものを着ていた。自分のさげていた虫かごを見つけると母親の手を離れてのぞきに来たが、目を丸くして母親のほうへ駈けて行って、袖をぐいぐい引っぱっていると思うと、また虫かごをのぞきに来た。・・・
と、まだ続きますが、顛末は、ご想像の通り、この子にせっかくにカブトムシをやってしまう寅彦少年でありました。
こんな昔の情景を、東京に住みながら思い出し思い出し書いておられる寺田寅彦さんもすごいですが、とにかく、この独特の文章が美しゅうございます。
ある文章を、師匠の夏目漱石さんに送って評してもろうた際の、漱石先生の返事が優れちょります。
此種の、大人しくて憐で、しかも気取っていなくって、さうして何となくつやっぽくって、底にハイカラを含んでいる感じは、他の人には出しにくい
流石漱石さん。見事に寺田文学の本質を一言で言い表しちょります。こうやって書き写したりしよりますと、ホントに、この文章の素晴らしさがわかります。
この写真の右手の山にあった常山木も、ここにあったお堀も、もうありませんが、寅彦さんの文章は、今も美しく、その風景を今に伝えてくれよります。