新年2日目の朝日、日の出の向こうを目指して〔3183〕2012/01/02
2012年1月2日(月)晴れ!
今年二日目の夜明け。今日は、美しい青空に、お日様が昇っていきます。
ここは野市、三宝山。
中央ちょっと右に見える岬が手結岬で、昨日は、あそこから初日の出を拝みました。眼下、香宗川の河口沖積平野には、豊かな田んぼ、畠は広がります。
藩政期、高知の城下と大阪の間の物資の流通は、この海岸沿いの航路を利用して活発に行われました。高知から室戸岬の間には、ぐるっと廻らんといかん岬がいくつかあります。
ここ、手結岬、安芸の向こうの大山岬、室戸入り口の羽根岬などなど。そして一番の難所が室戸岬。その岬の手前には、必ず、港があります。波や風の様子を見ながら待機する港でもありました。こないだうちご紹介した手結港は、以前何度もご紹介した室戸の室津港など。野中兼山さんの手によるものばっかしですね。
香長平野や春野の沃野は、野市の灌漑用水や舟入川、新川川などなどによって豊かな農地となり、土佐の経済力の基盤となりました。材木や樟脳などをはじめとする土佐の物資は、兼山さんが中心になって整備した港湾を利用し、大阪へ運ばれました。
先を見通す力。優れた政治家とは、将来、ずうっと先まで見通す力を持った人物のこと。野中兼山さんの事績をみるたび、そんなことを考えさせられます。
土佐にとって、高知の城下に住むヒト達にとって、この、朝日が昇る方角に向こうて商売することは、高知を豊かにすることでした。
高知には豊かな自然とおおらかなアイディアが満ちちょります。それを、最大限に利用して都会に販売してことは、400年も昔からの、土佐人の宿命。
高知でモノヅクリをする、ひまわり乳業でしかできないこと、ひまわり乳業でしかやらないこと、それにこだわりつづけ、高知の、四国の皆さんに楽しんで頂き、そして、この、お日様の昇る向こうに広がる、広大な日本にすむ皆さんに楽しんで頂くために、今年も頑張るぞ!
と、新年2日目の朝日に固く誓う、ひまわり太郎であります。