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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

渋谷川の源流、東京の地形〔3165〕2011/12/15

渋谷川の源流、東京の地形

2011年12月15日(木)東京は晴れ!

今日も東京。今日の東京はぬくいです、こじゃんと。厚手のコートがまぎって困ります。
昨日は、業界の寄り合い。牛乳の業界団体関連団体が入居しちゅう「乳業会館」というビルは、九段下にあります。会合が思いのほか早うに終了したので、昨日は、九段の坂を登り、宿泊先の新宿まで歩いてみました。いや、結構近いもんです。
こないだうちから、江戸の街、東京の街の地形について、興味を持ちまくりよります。武蔵野台地が江戸湾に突き出した、複雑な地形の上に、江戸の街は形成されていったと。江戸城、つまり現在の皇居のしゅっと西側の台地が番町、麹町。その台地の尾根を中心に、旗本屋敷が坂を利用してつくられていった、という話は、こないだ、11月17日のにっこりでご紹介しました。昨日はそのもっと北側、靖国神社の北側から富士見坂を外堀まで下り、市ヶ谷の台地の横から四谷へ徐々に登り、そして新宿方面へ。その市ヶ谷の台地は、下級武士がたくさん住み、台地の下の谷間には庶民が住んだ、ということで、そんな事を思い浮かべ、想像力を働かせながら歩くと、ホント、こじゃんと面白いです。元々の地形をうまく活用してできた江戸の街を、脳裏に描く事ができます。四谷の外堀のところからずうっと新宿の方面への台地の尾根筋を行く道が新宿通り。
昨夜は、日が変わるまで、その新宿三丁目界隈のおそば屋さんで呑みよりました。
さて、今朝は、ですきに、新宿。新宿の四谷寄りには、新宿御苑という広大な公園があります。元々は信州高遠藩主内藤家のお屋敷。明治39年、皇室の庭園として新宿御苑になり、戦後、国民の公園となって、親しまれて来ました。
江戸の街には、明治になるまで、広大な大名屋敷がどっしこありました。維新後、公の施設ができたりしましたが、その区割りは今でもハッキリ確認できます。東京の中心部が、世界中の大都市の中でも際立って緑が多いのは、そんな、大名のお屋敷、旗本のお屋敷に由来する訳です。
で、丸の内界隈の大名屋敷は平地ですが、台地の上につくられる場合、台地の尾根筋の道路を正面に取り、谷の方へ下っていく斜面を利用して広大な庭園をつくることが行われました。新宿御苑もそんな感じになっちょりますね。南へ下っていって、南側が千駄ヶ谷の駅。千駄ヶ谷というばあですき、谷。台地の上から千駄ヶ谷の谷にかけての斜面に、内藤家のお屋敷と庭園がつくられちょった訳です。
千駄ヶ谷の駅の東から御苑の方へちょっと上がると、こんな所があります。ここはですね、先日のブラタモリでご紹介されよったスポット。あの番組の感性はおわかりのようにひまわり太郎のツボ。で、この新宿御苑のフェンスの向こうが、渋谷川の水源というご紹介でした。この左手の方から水が流れ、この突き当たりから右の方に流れよったのが渋谷川。渋谷区と新宿区の境目は、その渋谷川なのでありました。以前にもご紹介しました、「はあるのおがわは さらさらいくよ」の春の小川は渋谷川。渋谷川は、このしゅっと南の千駄ヶ谷の谷間から流れ下って渋谷の劇的な地形の谷へ。
なんちゃあじゃないような景色も、こんなことを考えながら見ると、全然違う姿で見えてきます。
さて、今日は朝から新宿御苑界隈をたつくった後、東京の、ひまわり製品を置いてくれちゅうお店を廻りよりました。新宿の伊勢丹様には「高知の牛乳」も置いちょります。しかも下段に。高知育ちシリーズのヨーグルトは、かなり置いてくれるお店が増えちょります。どこで売りゆうかご興味がございましたら、お問い合わせ下さい。お返事申し上げます。
なかなか素敵な東京出張でした、はい。


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