にっこりひまわり連続3000日です!〔3000〕2011/07/03
2011年7月03日(日)3000回記念!
今日で、にっこりひまわりも3000回を迎えました。2003年4月17日に高知城二ノ丸でスタートして以来、一日も休まずに、本日で3000回。記念日は、スタートした高知城で迎えることが多かったですが、今回はここにしました。そう。昨日も予告しました岡豊城。
長 宗我部氏の本拠、岡豊城は、香長平野を睥睨でき、山裾に太平洋につながる国分川が流れ、眼下に肥沃な農地が広がります。戦国土佐を支配するには、絶好の場 所であったと言えるかも知れません。その標高97mの山頂に、今年だけ、望櫓が想像復元され、仮設されちょります。今年だっけですき、3000回記念は、 ここ、岡豊城の望櫓からお届けすることにしました。一気に駆け上がってくると、汗が噴き出し、心臓バクバクで心地エイことこの上ないです。
ヒト は、まず、想像するところから始まる、ということを、このにっこりでもビッシリ書いてきました。戦国土佐の有力武将の中で、土佐一国を統一しちゃお、と想 像できたのは、本山氏と長宗我部氏だけやと思います。それは、ここ、岡豊城と、本山氏が本拠とした朝倉城からの眺めが、大きな役割を果たしちょったでしょ う。もちろん、交通の便や、農業生産力も大切な問題ではあったと思います。しかし何よりも、土佐の中原を眺め、ここを統一するという強い強い想いが沸き上 がったところから、すべてが始まったがやと確信します。他の戦国武将の本拠は、想像する、という条件を満たしちょりませんき。
ですきに、戦国土佐の決勝戦を朝倉氏と長宗我部氏が戦うことになったがは必然やった訳です。最終的に長宗我部氏が勝利したのは、眼下に流れる国分川を通じて中央とつながり、絶妙の外交を繰り広げた結果やと思います。
そして、こっから眺めると、吉田城を始めとして、有力家臣の本拠が、ここ岡豊山をぐるりと取り囲んじゅうことがわかります。まず想像し、強い想いを持ち、ヒトを組織し、強い集団をつくっていく。
この場所に立つと、色んな事を考えさせられます。
連続3000日記念日は、この特別な場所を選びました。まだまだ、じっくりまったりしぶとく続けて参ります。時々暇なときにでも、見に来て下さいましたら幸甚です。これからもどうぞよろしく!