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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

にっこりひまわり連続記録危機一髪!〔2953〕2011/05/17

にっこりひまわり連続記録危機一髪!

2011年5月17日(火)晴れ!

いやいや、ビビリました。今、東京の日本橋。地下鉄の駅のホームで、書きよります。さっきまで竹橋で呑みよりまして、宿へ電車で帰りよりました。何の気なしににっこりひまわりをチェックしよりましたら、ナンと!
本日分がまだUPされちゃあせんではないですか。確かに、写真を撮って書いた記憶はあります。つまり、そのまんま、UPしたつもりになっちょった訳です。危なかったですね。今、駅のホームで慌ててPCを出してUPしゆうところなのでありました。危ない危ない。と、いう訳で、こっからが今朝書いた本文でございます。
五月晴れ。ながかどうか、黄砂でちくと霞んじょりますが、心良く晴れた火曜日。ここは今朝の野市、上岡八幡宮。左手の山に八幡様が鎮座ましましちょります。ここは、物部川の土手の上。昭和20年代か30年代まで、ここに物部川の渡しがあり、上岡八幡宮の西参道になっちょった、という話はビッシリ書きよります。左手に、その名残の鳥居の足が見えます。
さて、この対岸、つまり物部川西岸に渡し船で渡りますと、ひまわり太郎が自転車で通うて来ゆう道が西に延びちょります。ずうっと大そね、伊達野、介良野を通って南国バイパスを斜めに横切り電車通りまで。
藩政期、どうやらその街道は「新道」と呼ばれたようで、東の方面へ向かう幹線道路になったにかありません。旧道と申しますは本道は、もっと北を通って、野市、深渕の渡しから東へと延びちょりました。
さて、その新道、ここから東へ東へとつながっちょります。つまり、ここの渡しは、上岡八幡宮西参道であると同時に幹線道路でもあった訳です。
写真右端、石垣の下をまっすぐに向こうむいて延びちゅう道が、たぶんその新道。これを100mちょっと向こうへ行った所で、少し上り坂になってこの河岸段丘を上がり、そしてずうっと東へと延びちょります。
今朝はなんでそんな話題ながか。実は昨日の前浜の宝永津波の話の続きながです。物部川東岸では、海岸から押し寄せた津波は、どうやらここでストップしちゅうがです。1854年の安政地震津波も、津波は、この西の物部河原まで遡ってきた、という碑が上岡八幡宮参道脇に立っちょります。そして1707年の宝永南海地震津波は、もっと規模が大きかったものの、この新道まで、つまり河岸段丘の上までは、よう上って来んかったにかありません。
野中兼山さんが開発するまで荒野やったというばあ、水の便の悪い台地上の土地やった現野市は、そのおかげで津波の被害を免れちゅうがですね。
航空写真を見ると、この上岡山の存在は大きいと思います。この山が無ければ、物部川の扇状地はもっと上流から広がり、段丘も、もっと北側に形成されちょったと思われます。この山がマギって、段丘下部の扇状地が、こっから広がることになったようです。
ここが段丘の端っこ。その石垣の上、八幡宮境内が段丘の上で、石垣の下の道路は段丘の下、ということです。


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