上岡八幡宮の朝、万延元年、幕末人物伝〔2786〕2010/12/01
2010年12月1日(水)晴れちょります
ここは今朝の上岡八幡宮。師走を迎えた上岡八幡宮。メッソ寒うない師走の始まりとなりました。
左手の狛犬は、この写真のもうちょっと右に座る阿と対になっちゅう吽。万延元年九月に寄進されちょります。万延元年は1860年。3月にあの桜田門外の変とかがあって、安政から万延に改元されました。その半年後ということで、世の中がそろそろ騒然とし始めちょった時代。
さて、時代騒然と言えば、こないだ、龍馬伝も最終回をむかえて、近江屋で龍馬、慎太郎が暗殺されました。あの暗殺された部屋に、実際に掛けられちょった掛け軸に、血痕が残されちゅうがはご存じの通り。で、あの掛け軸、実は、淡海槐堂(板倉筑前介)さんという人物が、あの当日、龍馬にプレゼントしたものらしいがです。近江の生まれで、「ひや、きおーがん!」というコマーシャルでもお馴染みの薬種商である武田家の養子となった淡海槐堂さん、その財力にものを言わせて、幕末の志士たちを金銭面でこじゃんとバックアップしました。その活動。人脈たるやすさまじいものがありますが、その話は追々。
この話は、土佐史談会会員で高知新聞社OB、土佐史談をデジタルアーカイブ化するというとてつもないことをやってのけた方の「よさこい高知歴史木漏れ日」というブログの最新更新に書かれちょりますので、ぜひぜひご覧になってみてください。
これを読んで驚いたのが、吉村寅太郎さんと那須信吾さんのお墓のこと。こないだ、11月8日のにっこりで、京都、霊山神社の、吉村寅太郎さんや那須信吾さんの墓所前で、その子孫の方々と遭遇した、ということを書きました。
天誅組の変は、8月18日の政変で政情が激変し、鎮圧されてしまうがですけんど、寅太郎さんや信吾さんの首は、幕府軍によってどこかに埋められました。淡海槐堂さん、金に物を言わせて牢番を買収し、その埋葬場所に案内させ、掘り出して今一度霊山にキチンと埋葬したそうです。なるほど。
幕末、表にはメッソ出てこいでも、すごい人物がどっしこ居ります。