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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

慶応3年の「のえくり」と坂本龍馬さん〔2778〕2010/11/23

慶応3年の「のえくり」と坂本龍馬さん

2010年11月23日(火)快晴!

良いお天気の勤労感謝の日。ここは鏡川、天神大橋北詰のちょっと東。

昨日お話しましたように、今日まで、高知県立歴史民俗資料館で「幕末維新土佐庶民生活誌」という企画展をやりよります。そこでひまわり太郎が一番興味を持って見たがが、慶応3年夏に鏡川河原で繰り広げられた、毎夜の、「のえくり」を中心とした大賑わいの絵。そこには、当時の模様が絵と文章で書かれちょりまして、ものすごい臨場感。素晴らしい資料です。

慶応3年夏、お盆過ぎから秋まで、唐人町の河原に庶民が集まり、「のえくり」をやったり「大仏踊り」をやって騒ぎ、300軒を超える飲食のお店も出て大賑わいやったそうです。毎晩夜明けまで。

当時の世相と言えば、まさしく幕末で、龍馬が大政奉還の運動をやりゆう時分。丁度こないだの龍馬伝でやりよった時代。その同じ時期、高知の城下の庶民は、毎夜、ここで大騒ぎをしよった訳です。

「のえくり」は、前のヒトの帯に手をかけるようにして、数十人が連なり、クネクネと練り歩きながら踊るものらしいです。以前からあったようですが、慶応3年の「のえくり」は、それはそれは賑やかやったようで、有名な宇佐真覚寺の住職、静照さんの日記にもでてきますね。

歴民に展示されちゅう絵には、そこは唐人町と書かれちょりまして、右手に橋が描かれちょりますきに、たぶんこのアングルの絵。当時、鏡川か流域に架かる橋は天神橋だっけですきに。

この河原に出た出店は、北町、中町、南町と呼ばれるくらいどっしこ並び、のぞきからくりとかのお店も出現。農村歌舞伎の女形が、女装をしたまま給仕するお店が大当たりした、てなことも書かれちょりました。

もちろん川の上には無数の屋形船、対岸の潮江河原にも店が並んだそうです。

で、「のえくり」が賑わいの根源ですきに、「うなぎののえくり焼き」とか「のえくり餅」とかも売られよったとか。のえくり焼きは何となく想像できますが、のえくり餅とはどんなもんか見てみたいですな。

さて、龍馬さん、慶応3年9月に、土佐へモンて来ちょります。暗殺される2ヶ月前。つまりその時期、ここ鏡川河原では毎夜「のえくり」が繰り広げられよった訳です。龍馬さんの家は、こっから1km西の、川の近く。

「のえくり」の騒ぎもみたでしょうかね。

何故、慶応3年に特別にぎやかなことになったがか。それは、やっぱし、庶民が時代の変わり目を敏感に察知して、ある種躁状態になっちょったがやないろうかと想像できます。まったく同じ時期、「ええじゃないか」が全国的に流行しちょりまして、土佐ではそれが「のえくり」やったという訳ですね。


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