恐るべし、築地〔2723〕2010/09/29
2010年9月29日(水)築地も晴れ!
てな訳で今朝は東京、築地。昨日、ちくと自分の予定の勘違いがあって、急遽東京に来たのでありました。ここ築地で、流通に関する打合せをしたり銀座のアンテナショップに寄ったりして、夜は築地の業者の方を交えて新宿で飲みよりました。
で、芝、増上寺の近くに泊まっちょった訳ですが、今朝は芝から浜離宮、築地、銀座新橋界隈をたつくってきました。地下鉄とかで移動すると遠いみたいに感じます件と、自分の足でたつくると結構ちっかいもんです。海と市場と銀座とは、かなりぜんばいエリアにあったりします。
朝の築地、まあ、たまるか言うばあ賑やか。市場内にたくさんある寿司屋さんとかも盛況で、外人さんが列になっちゅうお店もありました。ここは食料品が集中してくるニッポンイチの結節点。流通形態が劇的に変化してきゆうとは言え、やっぱし築地は築地ですな。ここへ来れば日本中の食品が何でも集まってくる感があります。
市場内はこじゃんとゴチャゴチャしちょりまして、この左手の運搬車が縦横無尽に走りまわりよります。歩くヒト、運搬車、バイク、車が行き交う構内、卸商さんに事故はないですか?と尋ねてみたら、しょっちゅうちんまん事故は起こりゆうとのことでした。さもあらん賑やかさ。
築地に中央卸売市場ができたがは昭和10年。高知では、昭和5年1月、九反田に中央卸売市場が開設されちょりますきに、その5年後。汐留から貨物線が引き込まれ、船も横付けできるようになっちょった、当時としてはこじゃんと近代的な施設やったと思われます。
高知では昭和42年に弘化台に移転しましたが、ここ築地は当時の場所でそのまんまやってきました。豊洲への移転計画があるもたいですが、この姿を見ると簡単ぢゃあないことがよくわかります。アナログですけんど、システムが完全に出来上がっちょります。業者さんに聞いても、今の築地はものすごく使い勝手が好いそうです。市場内だっけぢゃあのうて、周辺のお店や施設など、全部に影響してくる移転問題ですきに、もしやるやったら、ものすごいパワーが必要でしょうな。
ちなみに、元々明治大正まで、魚河岸は日本橋にありまして、こじゃんと賑わいよった訳ですが、関東大震災で全滅したので、比較的スムーズに築地への移転ができたと言われちょります。成る程。
ともあれとりあえず現在、この築地の流通を便利に利用するがは、かなり効率的である、ということはよくわかってきました。恐るべし、築地。