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夜須、観音山てっぺんの戒め〔2662〕2010/07/30

夜須、観音山てっぺんの戒め

2010年7月30日(金)晴れ!

昨日未明の大雨で、稲刈り直前の稲がコケちょったりする田んぼがありました。被害がなかったらえいですけんどね。

さて、こないだうちから、通称安政大地震といわれる地震のことを後世に伝えるための碑をいくつかご紹介してきました。いつもの上岡八幡宮、赤岡の飛鳥神社、宇佐、そして琴平山の琴平神社などです。で、夜須にもそんな碑がある、と、ライターの渡辺瑠海さんに教えて頂いたので、今朝も早朝にちくと行ってきました。

ここは夜須の中心部、市街地にある通称観音山。標高は20m~30mくらいでしょうか。地図には観音山とは載っちゃあしませんが、地元ではその名称で親しまれよります。

夜須の市街地中心部から避難する場合、東の茶屋餅のある山も西の月見山もちょっと距離があります。ですきに、この観音山が大事な大事な避難場所な訳ですね。そのてっぺんに、福重鉄次郎さんという方が後世に伝える戒めを刻んでくれちゅうがです。この大きな自然石に刻まれた地震の教訓、キチンと読めるように案内板に転載してくれちゅうがが嬉しいですな。

読んでみますと、この隣町、赤岡岸本の飛鳥神社境内に立つ徳永千規さんが書いちゅう内容と同じようなこと。嘉永7年11月4日早朝に一度目の地震。大きな津波はないが、大潮の狂いが7~8度あったそうです。翌5日は炎天で、午後4時頃に大地震発生。家も倒壊して大騒ぎになりました。日入り頃に津波の第1波が観音山麓の西町から東へ打ち越してきました。この観音山に逃げた皆さん数百人は助かっちょります。いわゆる「命山」ですね。第2波は少し間が開いて、潮が沖合に20~30町引いたかと思うたら午後8時頃に第3波が押し寄せ、これで一気に家や蔵が流失して何もない白浜になってしもうたそうです。もう済んだと思うて家に帰ったり、貴重品を取りに帰ったりした人たちが軒並み波に掠われました。この碑文の最後に「かたく宝物家に残すも再び我が家に帰るべからず。必ず必ず是肝要なり」と刻まれちゅうがは、当事者としての貴重な教訓。

こういった、せっかっくの先人の戒めを、我々はもっと知らんといかんと思います。


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