土佐神社への最寄り電停〔2435〕2009/12/15
2009年12月15日(火)晴れ!
昨夜、同級生と高知の街で飲んでおりまして、タベシマくんに、大津介良界隈の興味深い話をたっぷりと聞かせてもらいました。
ここは今朝の田辺島通(たべしまどおり)電停。この向こう右手が鹿児神社。で、昔は、ここが土佐神社の最寄り電停ということで、こっから田辺島を経由して土佐神社へと道が通っちょって、参拝客がどっしこ歩きよったそうです。まこと、昭和8年の地図を見てみますれば、そのような道が見えます。たしかに田辺島が一番近い電停。一宮の土佐神社までは2~3kmくらいでしょうか。その道は、参道として賑やかな道やったということが推察できます。
あと、高天原古墳群の話も面白かったです。タベシマさんは、小学生の頃、大津から高天原山界隈がナワバリやったそうです。で、高天原山をたつくりまわって遊びよったそうですが、あたりかしこに古墳があり、その石室を陣地にしたりしよったそうです。当時は古墳とも知らず、平気で遊び場に利用しよった訳です。近在のお百姓さんも、石室を平気で倉庫代わりに使うたりしよって、トラクターをしもうちょったりしたそうです。ひょっとしたら今でも。それだけ、古墳が生活の中に融け込んじゅうということでしょうか。
あと、こないだ12月8日のにっこりでお話した十石舟のことも知っちょりました。あの高須だけぢゃあ無うて、大津田辺島界隈でも、我々が子供の頃は使いよったそうです。今みたいな乾田ではなくて湿田で、胸まで浸かりながら農作業をしよった時分の話。十石舟は舳先の無い舟で、普通に田舟と呼びよったとのこと。刈った稲とかを田舟に乗せて運び、陸揚げして精米に廻しよった訳です。なかなか手間がかかりよったもんです。実際に体験したり見たりしちゅう方の話は、想像しちゅうがとはまた違うて、こぢゃんと勉強になります。