高知空港、戦争の記憶〔2023〕2008/10/29
2008年10月29日(木)晴れちょりますね
めっきりと秋めいてきた高知。紅葉はまだまだですけんど、銀杏はかなり色づいてきちょります。
ここは高知空港。昨日、高知市池にある浦戸海軍航空隊の記念碑をご紹介しました。あの界隈からここ高知空港の界隈にかけての海岸近くには、それこそこぢゃんとどっしこの戦争遺跡がございます。太平洋戦争の遺跡、遺構。
代表的なががここ、高知空港にあった海軍の飛行場。白菊部隊として、その多くは神風特攻隊の一員として沖縄の海に散華していった、という話は以前しましたですね。
この空港の南には掩体壕が7つ。飛行機をグラマンの機銃掃射から守る、コンクリートでできた格納庫。そしてトーチカも大きいのと小さいのが残されちょります。
全部に共通するのは、その戦争での役割とか、当時のこの界隈の状況とか、グラマンが飛んできて飛行場で訓練する飛行機を撃ち落としたりした話とか、そんなことを記した説明表示も、記念のオブジェもなにもない、ということ。空港の南に白菊部隊の記念碑があるくらいでしょうか。
空港に「龍馬」の名前を付けるがもカマンですけんど、この地域のもつ歴史とかを次代にキチンと伝えていくことを放棄したらいかんですね。
立派になった高知空港、こぢゃんと大きゅうなって高知の表玄関の名に恥じないこの高知空港は、実は色々な歴史をかかえてきちゅうのでありました。