高知空港今昔〔2006〕2008/10/12
2008年10月12日(日)こぢゃんと晴れまくりました
今日は心地良く晴れた日曜日。エイお天気やったですね。で、ひまわり太郎、夕方の飛行機で東京へ向かいよります。今、飛行機の中でこのにっこりを書きゆうところです。
ここは夕方の高知空港。2階のロビー。かなり混んじょりました。この空港ビル、近年増築されて、とっと向こうのお土産売り場まで広がり、なかなか立派なもんになりましたですね。
ひまわり太郎が大学を終えて高知へモンて来た年、この空港ビルができました。ジェット化に合わせてできました。
当時、こんなに立派な空港ができたがにこぢゃんとビックリしたですよね。それまでの高知空港は、田舎のバスターミナル、といった風情で、なかなかにアナログでローカルでシュールでした。
ここを離発着する旅客機はすべてYS-11。大阪行きも東京行きも宮崎行きも、全部YS-11でした。ですきに、高知県人は、海外旅行は別にしてYS-11以外の飛行機に乗る機会は滅多になかったがでございます。飛行機=YS-11やったですもんね。
高知から東京までは、2時間かかりよりました。ジェットよりかなり低い高度を飛びますきに、富士山が平行目線に近い感じで見れて、美しかったです。
YS-11は昨年くらいまで福岡便で飛びよりましたが、もう、国内では全部引退してしもうたので、乗れんなりました。ギュイーンという音のする、なかなか安定感のある飛行機で、揺れも少なかったですよね。名機でした。
この空港の前身は、海軍の飛行場。練習機「白菊」がここで訓練を重ね、戦局の悪化に伴うて神風特攻隊に組み込まれることになり、昭和20年、鹿児島から沖縄の海へ、帰らぬ特攻に出陣していったのは、以前書いた通りです。
今はこのように平和に賑やかに利用されよります。