鏡川大橋下の不燃ゴミ収集〔1976〕2008/09/12
2008年9月12日(金)今日も晴れ!
良いお天気ですね。この週末、高知市内では恒例の「高知街ラ・ラ・ラ音楽祭
」が開催されるがですけんど、台風はまだ南に居ってくれそうで、胸をなで下ろしちょります。一昨年、昨年と、2年連続台風にや大雨に泣かされたラララですけんど、今年は心地良いお天気のなか開催できそうです。楽しみ楽しみ。
ここは鏡川河口、鏡川大橋北詰の橋の下。今日はこの地区の、月に一回の不燃ゴミ収集日。早朝から当番の皆さんや町内会の役員さんがでてきてお世話されよりました。
こうやって、地域の皆さんの努力で住みやすい、美しい街が形成されていきゆう、ということを肝に銘じちょかんといけませんな。
河口方面は、朝日に輝きよりまして、その向こうに五台山があります。この堤防を五台山の方へ行きますと、何百メートルかで棒堤のトン先、行き止まりになります。ガソリンとか軽油とかのタンクが並ぶ、備蓄基地。2006年10月14日と11月11日に、そのトン先から丸山台を眺めながらこの界隈の詳しい薀蓄を述べ立てちょります。そこにも書いちょりますけんど、この写真右端に見えゆうところを廻ってちょっといった場所に板垣退助さんの家がありました。生まれたがはひまわり本社の近く、中島町の今の高野寺さんがあるところですけんど、自由民権運動とかで活躍しよった時代に住みよったのは潮江新田。
この河口の、丸山台界隈は、干潮時にはかなり浅うなります。春の大潮の際には、新田から歩いて渡れるくらい浅うなります。この棒堤は藩政期からありまして、明治26年の河田小龍さんの高知市街地図にも書かれちょりますが、堤には家も無いようですね。丁度この辺りから西側に、堤から北向いて、つまり堀川向いて四角い港が築かれちょります。水深は、浦戸湾から堀川方面にはキチンと確保され、船が行き来しよったものと推察されます。堤の南側、鏡川の方は、大潮干潮時など、水深の制約があったがやなかったでしょうかね。ひまわり太郎の勝手な想像ですけんど。