はりまや橋、お稲荷さん、松岡寅八さん〔1814〕2008/04/03
2008年4月3日(木)晴れ!
今朝の新聞にもありましたが、高知はお花見最高潮を迎えちょります。皆さん、もうお花見はやりましたか?
ここは今朝のはりまや町。はりまや橋の交差点を南東へ行った所。向こうに、完成間近になった西鉄イン様の姿が見えます。その手前の浜幸様本店の北側に、はりまや橋が架かっちょります。交差点のこちらには西武百貨店があったがですが、取り壊されて更地になっちょりまして。ここから浜幸様まで見通せるようになっちゅうがです。広く明るうなったですね、この界隈。
ひょとしたら西武跡地、商業施設とかぢゃ無うて、公園、広場、イベントスペース、露店街、みたいなががあっても面白いですにね。どんなになっていくがでしょうか。
さて、この赤いお堂と鳥居。この色でおわかりの通り、お稲荷さんですよね。鳥居の足下に、可愛らしい狐さんが座っちょりました。ビルとかに囲まれて目立たん場所にたたずむお稲荷さんですが、西武の大きな建物が無いなって、ちょっとだけ表に出てきました。結構古くからあるお稲荷さんのようですね。
鳥居をくぐって右手の地面に、上部が折れて無いなった大きな玉垣の下の部分が転がっちょりました。そこには「寅八」という文字が刻まれちょります。なるほど。こりゃあ、松岡寅八さんでしょう、間違いなく。このしゅっと東に、得月楼がありますきに。松岡寅八さんは、明治から大正にかけて、映画の舞台にもなった大料亭「陽暉楼」、現「得月楼」を栄えさせた人物で、潮江天満宮の鳥居にも、そのお名前が刻まれちょります。
「寅八」という名前とこの場所で、松岡寅八さんと推測される訳ですな。と、ひっとり悦に入りながら左手の地面を見ましたら、大きな玉垣の上の部分が転がっちょりまして、ご寄進の金額の下に「松岡」と刻まれちょりました。
このお稲荷さんは、陽暉楼中店のある繁華な場所に鎮座し、この界隈の商売人の皆さんに尊崇されよったがでしょう。賑やかやった往時が、想像できます。