ブルーノとAI〔8343〕2026/02/17
2026年2月17日(火)晴れ
426年前、西暦1600年の今日2月17日、ジョルダーノ・ブルーノが異端の罪によって火刑に処されました。日本で関ヶ原合戦が繰り広げられる8ヶ月前。
僕は、この、ブルーノによって1584年に書かれた「無限、宇宙と諸世界について」の、清水純一訳初版本を持ってます。6年前、アマゾンでみつけて買いました。
ご承知の通り、ドミニコ会の修道士であったブルーノは、そのとてつもない記憶力による広汎な知識をベースとして、新しい宇宙観などを打ち出した偉大なる科学者。その思想は、コペルニクスの発想を更に展開させたもの。コペルニクスは、地球は太陽の周りを回っている、とする地動説を唱えた訳やけど、ブルーノが主張した宇宙は、中心がなく、空間が無限に広がっているというもの。その中に太陽のような恒星が無数に存在しているという宇宙。こんな説を、キリスト教による宇宙観全盛の時代に唱えることは、本当に危険なこと。とんでもなく優秀だったにも関わらず、西欧世界のあちこちを逃亡しながらの生涯。しかし、400年後の今読んでもその先見性には驚かされます。
ブルーノは、宇宙の「無限」には無数の「世界」が自由に運動しており、その世界そのものが生命体である、と主張しました。これは現代最先端宇宙物理学にもつながるような思考。すごいよね。
世の中の「常識」と、「知」。大切なのは、本当のことを追求していこうとする心。それが「人間」だ。
先日講演をお聞きした藻谷浩介さん。AIについて、こんなことをおっしゃっておられました。今のAIは、現在の世界中にある情報を持ってきて、整理したもので、それ以上のものではない、と。もし16世紀にAIがあったら、この世界は平坦であり、我々を中心に世界が回っている、と答えただろう、と。僕もそう思う。付け加えるならば、「一部の異端が地動説を唱え、中でも過激な論者が『宇宙に中心はなく、太陽は無数にある恒星のひとつである』という説を展開している。」と注釈を加えただろうか。
今日は、ある文化関係の会議があって、朝から高知市内にやって来て、朝のスタバでこのにっこりを書いてます。AIが絵を描いたり作曲したりする時代に、文化芸術というものに人間がどう向かい合っていくか。ブルーノのような生き方にそのヒントがあると思ったりもする、朝。世の中には、本当にエラい人がいるもんだ。
