五台山の浜口雄幸〔81〕2003/07/06
2003年7月6日(日)曇り時々晴れ
今日は日曜日。
久しぶりに五台山を駆け上がって来ました。登り坂の負荷はやっぱり気持ちいいです。頂上にたどり着くと汗がどわっと吹き出てきまして、身体がリフレッシュされます。
写真は、展望台から頂上の公園界隈を撮影したものです。五重塔は名刹「竹林寺」。
ちょっと判りづらいですが、その手前に銅像の背中が見えています。高知の生んだライオン宰相「浜口雄幸(はまぐちおさじ)」像でございます。
雄幸は、1870年に、この五台山の麓で生まれ、高知県東部の田野村、浜口家の養子になりました。田野村はひまわり太郎の先祖代々が生まれ育ったところです、はい。
昭和4年、土佐出身初の総理大臣となりまして、緊縮政策、金解禁、協調外交の路線を突き進みます。昭和5年のロンドン軍縮会議では、軍部の反対を押し切って軍縮の調印を行い、断固とした姿勢を貫きます。その風貌、絶対に笑わない毅然とした態度から、「ライオン宰相」と呼ばれました。
昭和6年に右翼の青年に狙撃され、その翌年、傷がもととなり死去します。「所信をつらぬき、一点の汚点も残さない政治家」と讃えられた、素晴らしい政治家でした。これぞ誇るべき土佐人の鑑であると、ひまわり太郎は思います。